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第九夜

 こんな夢を見た。
 誰かと手をつないで、旅立つ人たちを見送っている。つないだ手は冷たく乾いていて、なんだかふとした隙にこの手の持ち主まで空に飛び去っていってしまいそうな気がした。半ばすがりつくように両手で固く、その冷たい手を握りしめた。
 目の前には大きな船があり、去ってゆく人たちは次々にその中に吸い込まれていく。一列に並んで静かに歩いていった。たまに振り返ってこちらに手を振る人がいたが、声は届いてこなかった。
 自分と同じようにこの星に残る人たちが、船の周りを幾重にも取り囲んでいる。もう夜も更けていたが、空からはずっときらきらした光の粉が舞い落ちてきているのであたりは明るかった。粉は人々の上に雪のように降り積もっていて、誰もが光る柱になって身動きもせずにじっと出航を待っている。旅立つ人に手を振る人も、声をかける人もいなかった。
 最後の一人が乗り込んだ。タラップが引き上げられ、ゆっくりと船の扉が閉ざされると、周りを囲んだ人たちの口から一斉に呟きが漏れ出した。互いに見知らぬ同士のはずなのにその声は綺麗に揃っていた。何と言っているのかはわからない。祈りだろうか、それとも呪詛なのだろうか。高く低く、途切れず流れ続けるその声はまるで子守唄のようにも聞こえる。隣からもかすかな声でやっぱり同じ呟きが聞こえてきた。
 呟きの中に低い音が混じり始め、声とともにうなりとなった。飛び立つ船のエンジンの音だった。高まりだすうなりに押されるように船がふわりと浮かび、光の粉を撒き散らしながら暗い空へと舞い上がった。飛び立つときの風にいったんは吹き散らされた光の粉が、また人々の上に厚く降り積もる。 
 空は同じように飛び立っていく船で一杯だった。降り続いている光の粉は、このたくさんの船から吐き出されているのだ。ずっと上の方までいってしまっている船は、砂粒みたいな大きさでもうその粉と見分けがつかない。また一つ船が飛んだ。あたりはますますその輝きを増す。
 小さくなってゆく船を見上げていると、首の後ろが痛くなってきた。ぶるぶると体をゆすって粉を払い落とす。光の粉は熱くも冷たくもなかった。そういえば去ってゆく人たちの上には粉は積もらなかった。体の上に舞い落ちるその端から消えていったような気がする。なんだか悔しくなってがむしゃらに粉を払った。
 つないだままの手の先では、誰かがまだ空を見上げていた。
「もう帰ってはこないのですか」答えは知っているはずだったがそう聞いてみた。冷たい手がその時初めて自分の手を強く握りかえしてきた。何故だかその顔を見ることはできず、ただ黙って自分ももう一度空を見上げた。
「あの人たちは、帰りたくないので船に乗ることにしたのです」
 この世界がもう死んでしまっているからですよ、とその人は小さく言った。後ろの方でまた呟きの合唱が沸き起こり、低いエンジンの音が響いてきた。

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