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第十一夜

 どさりとゴミの中に落ち込んだらもうもうと埃が舞い上がり、しばらく咳が止まらなかった。飛び込んだときにはそこまで考えていたわけじゃなかったけれど、シズハが言っていたようにもしナラクがずっと底まで続いていたら、咳どころじゃすまなかったに違いない。落ちている間はずいぶん長く感じたけれど、見上げてみたらさっき飛び込んだ扉の位置は、すこし足場でも作ったら届きそうなくらいの高さでしかなかった。でもたとえ上にあがれたとしても、またあそこに戻ってあいつらに殴られるのはごめんだった。
 扉の向こうはしんとして、何の物音も聞こえてこなかったけど、今にもあの二人が扉を破って追いかけてくるような気がしてゴミの蔭でしばらくじっとしていた。シズハや他の少女達は、きっともう何事もなかったようにハンドルを作っているのに違いない。
 仕事が遅いとか出来が悪いとか、あいつらに怒られるのはいつものことだったけど、今日はあんまり酷く殴られたので思わずナラクに飛び込んでしまった。作業をしている部屋の壁には何箇所か扉が付けてあって、出来損なったハンドルや削り屑なんかはみんなそこに放り込んでいる。それはナラクといって、建物の一番下までずぅっと続いているのだと前にシズハが教えてくれた。ナラクの中がどうなっているのかは誰も知らなかった。
 底に竜がいて炎の息でゴミを焼いているんだとか、真っ暗な闇があって放り込まれたものはみんな吸い込まれてしまうんだとか、聞くたびに話は違っていたけれど、でも皆ナラクを怖がっていて、ゴミを放り込むときなんかは扉を閉めるまで余所を向いてずっと息を止めている。
 何が竜だ。実際にはナラクはただの小さな部屋でしかなかった。今まで捨てられてきたゴミとか削り屑とか出来損ないのハンドルとかがいっぱい積み重なっているだけだった。ゴミを掻き分けると奥に小さな扉があった。錆び付いたそれを無理やり押し開けると、また同じようにゴミで埋まった部屋があった。何度も同じような部屋を抜け、どんどん下に降りて最後に転がり出たそこには小さな階段があった。
 なんだか妙に辺りが白っぽくて、目の奥がちりちりするようで開けていられない。涙が出そうになったので目を細めて、ゆっくり目の前の階段を降りた。
 降りきったそこには透き通った水が流れている。その底のちいさなちいさな砂の粒まで数えられそうだ。とても綺麗だったけど、ただ水の中には見たこともないような草が生えていて、ごってりとしたその塊に足をとられたらもうそこから抜け出せなくなるようで、足を入れるのは嫌だった。
 そっと目を開ける。ずうっと遠くのほうまで、きらきらしながら水は流れている。その先、もう水も見えなくなるようなずっと遠くに、何かとても大きくて明るいものがあって、それのせいで目がちりちりするのだとわかった。目が痛み涙が流れるのにも構わずその明るいものを見つめた。あんなに美しいものは後にも先にも見たことがなかった。

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