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マスコットキャラの日常

 リリアナは腕を組み、厳しい表情で目の前の地面を見据えていた。そこにいるのは一匹の、猫に似た動物だった。白く柔らかな毛に覆われたその体はちょうど、彼女が両手で抱えられそうなほどの大きさだ。
 ちんまりと行儀良く座ったその小さな動物も、まっすぐな視線をリリアナの顔に向けてくる。つぶらな瞳から放たれるその視線は、愛らしい中にもどこか得体の知れぬものを感じさせた。
 (初っぱなからあんまりじろじろ見ると、相手をおびえさせちゃうわよ)
 動物が自分のことを凝視しているのを感じながら、リリアナは目を細め、相手の体を子細に点検する。白くつややかな毛並み、ふさふさとしたしっぽ。くりくりの真っ赤な瞳。そこまではまあいい。
 <あちら側>の相手が一目見ただけで、こいつは無害で可愛らしい生き物なんだと思いこむような容姿。それがマスコット動物に変身する際の条件だ。リリアナはとりあえず及第点をつけた。これまでの彼の変身結果としては、最上と言っていい出来だ。問題はそれ意外の部分にあった。
 <あちら側>の動物にはあり得ない、しかしどこかでみたような、その顔かたちの造形。三角に尖った小さな耳の中から、さらにまた長い耳がのび、ご丁寧にもその両端にはそれぞれに、金色の輪っかがはまっている。

 ────これは、もしかして。

 思わず胡乱気な顔になってしまったリリアナに向かって、その動物は尻尾をぷいぷいと振ってみせた。沸き上がる嫌な予感にリリアナはこめかみをひきつらせる。

 ────いや、まさかな。まさかこんな真似をするほど、この後輩だってバカなはずは────。

 そう自らに言い聞かせるリリアナの前で、その小さな動物はきゅるん、と効果音が聞こえそうなほどに可愛らしく小首を傾げてみせると、無邪気そのものといった口調で言い放った。

「ねえ、僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 リリアナはためらいなく、その生き物をぶんなぐった。

 魔法少女。それは誰かの望みをかなえるために、魔法を使って戦う少女たちである。魔法少女はその不思議な力でもって、正義を助け悪をくじき、町中に夢と笑いをふりまいたり月に代わっておしおきしたりする。
 そして魔法少女のそばには常にマスコットキャラがいる。華やかに活躍する魔法少女たちの陰にいるマスコットキャラ。だが彼らこそが、魔法少女にその力を与えた要の存在だ。魔法少女たちの願いをかなえるための手助けをする存在だ。そして彼女、リリアーナフェルス・ルデナキスタ・サタナシア、通称リリアナはそのマスコットキャラのうちの一人だった。
 マスコットキャラたちが地球────<あちら側>、とリリアナ達は呼んでいる────に行くためには、<虫穴>と呼ばれる時空間の穴を通っていかなければならない。
 リリアナたちの世界と地球とを結ぶ穴を開けられるだけの、強大な魔力。<虫穴>を維持したまま地球上の目的の位置にたどり着く、時空間認識力。地球に着いた後に自身の体の形状を地球上の生物に合わせて保つ、変身力。そしてさらに人間に自分の存在を認識させ、魔法少女として契約を結ぶための、交渉力。
 マスコットキャラが人間と契約を結ぶに至るためにはかなりの能力が必要だった。そしてあまたのマスコットキャラの中でも、リリアナの実力は群を抜いていた。
 だからってこんな出来の悪い後輩の指導まで押しつけられるなんて。リリアナは拳を顔の前で握りしめたまま大きくため息をついた。つい手加減なしになぐりとばしてしまったからこっちの手まで痛い。ぜんぶこの、バカのせいだ。
 目の前ではバカ、もといリリアナの後輩であるキューベレラ・カサタラパト・ベリアルテス────通称キューベレ────が、額に出来たこぶをさすりながら恨めしげな目でこちらをにらんでいる。
「いったいなー、もおー、何するんですか先輩ー」
「何するんですかじゃないわよ、あんたこそ何してんのよ前に渡された注意事項読んでないの?! そのキャラは<あちら側>の連中の警戒度を上げるから変身は避けるようにって統括官にも言われたでしょ?」
「そうでしたっけー。いやー、このキャラの名前がなんか僕の名前に似てたんでー、ちょっと親近感がー」
「ああ確かに、いい性格してるとこなんかもそっくりよね」
 リリアナは口をゆがめて言い放ったが、相手がその皮肉を意に介した様子はない。
「だって先輩ー、AS-02区ではですねー、ええと、ジャパンでしたっけあっちの名前はー。とりあえずー、あのへんでは魔法少女のマスコットといえばこの姿がここ最近の流行らしいんですよー。グッズだってあるしー。額に三日月ハゲのある黒猫とかだとー、だいぶ古いし─」
「いや、あれも再放送やってるから若年層にもけっこう浸透してるって」
 ぱたぱたと手を振りながらツッコミを入れると、後輩は不満げに唇を尖らせた。
「だってー、ある程度認知度があるキャラの姿を借りた方がー、<あちら側>の人間が理解しやすいじゃないですかー」
「だったらせいぜい、白いフクロウくらいにしときなさいよ。わざわざこっちの目的を勘ぐらせるような姿になることないじゃない。だいたいあんたねえ、AS-02区に<虫穴>開ける競争率がどのくらい高いかわかってんの? 下手な失敗してせっかくのチャンスをふいにしないでよ? いきなり人語で喋りかけてくる小動物をふつーに認識して許容して、なおかつ契約までしてくれるようなメンタリティの人間がこれだけの高確率で存在してるような地域、地球上に他にないんだからね!」
 先日AM-15区に<虫穴>を開けた同期は、現地で話しかけた相手にいきなり銃を乱射されたらしい。
「テキサスっていうとこらしいけど、やあね、ぶっそうで。まああたし達は<あちら側>では死なないから別にいいんだけどさ、でもあんただって、無駄にボディ消耗したくないでしょ?」
 まだブツブツ言っている後輩にリリアナは冷たく、とりあえずその姿は却下ねと言い渡した。
「まあいいわ、それくらいしっかり形状が保てる変身が出来るんなら、<あちら側>に行っても大丈夫でしょ。行くまでに何か他の姿選んどきなさい。そうそう、あんた今回が初地球なんでしょ? しょうがないから、<虫穴>はあたしが開けてあげる」
 わーい、と無邪気に万歳しているキューベレを見てリリアナは苦笑した。あたしもなんだかんだいって甘い。しかし、後輩をしっかり育てあげればそれも自分の評価になる。その上なるべく多くのマスコットキャラを送り込めた方が、魔法少女の契約の確率も上がる。それが後々自分たちのためになるのだ。
 リリアナは口調をひきしめてキューベレに言った。

「さ、行く前に最後のおさらいをするわよ。交渉時の手順を暗唱して!」
「はーい。ひとーつ、魔法少女になるという諾の返事を相手から得ること。それによって契約が発動しまーす。ふたーつ、変身道具は身のまわりのものから選ばせること。争奪が簡単な小さいものならなおよーし。みーっつ、他の魔法少女との競争をあおること、よーっつ、」
 キューベレのたどたどしい暗唱を聞きながら、リリアナは感慨にふけっていた。それにしても、人間の魂を得るのにもだいぶ効率が上がったものだ。この方法を思い付いたのは上層部の誰だったか。多分メフィース様だったかしら?
 魔法少女になる契約を結ぶ。契約を結んだ人間はステッキだのコンパクトだの指輪だの、とにかくそうした変身道具を手にし、老若男女問わず皆、美しいコスチュームに身を包んだ少女の姿に変身する。魔法少女たちはその魔法の力で、自らの望んだ力を手にすることが出来る。
 契約の時最も重要なのは、人間自身に・・・・・魔法少女になることを願わせることだ。自らがそれを願ったなどと、気づかないほどにさりげなく。
 それによって、契約で得られる三つの願いのうち、まず第一の願いが消滅する。
 そうして次に、これもあくまでさりげなく、他の魔法少女の変身道具を集めると強くなれるということを匂わせてやる。変身道具をたくさん集めると、より強力な魔法が使えるようになると、人間に思い込ませるのだ。そうすると、ほとんどの人間が戦闘能力を願う。対魔法少女との戦闘のための力だ。これで第二の願いが消える。そうすればあとはもうこっちのものだ。
 魔法少女たちは戦い続ける。道具を集めれば集めるほど、もっと大きな願いがかなえられるようになると、そう信じているからだ。その後のことはリリアナ達は知ったことじゃない。魔法少女が勝っても負けても、それはリリアナ達が関知するところではない。まあ、自分が契約をした魔法少女が勝ち続けて強くなってくれた方が、得られる魂のグレードが上がるからありがたいことはありがたいが。

「────願いをなんでも三つかなえてやる、っていう契約の方が、魂を売り渡す条件としてははるかに魅力的だったと思うんだけど。魔法少女にしてあげるって言った方が魂獲得率がアップするだなんて、人間ってホント、わかんないものよね」

 くすりとリリアナは小さく笑った。
 おかしなもので、「もし魔法少女をやめたくなったらどうすればいいのか」ということを聞いてくる人間はほとんどいないのだ。魔法少女からただの人間に戻るためには、最後に残った第三の願いを使わなければならないというのに。

「ま、その辺を悟らせずに契約させちゃうのが、あたしたちの腕の見せ所なんだけどね」
「そういえば、リリアナ先輩はそろそろ統括官試験の受験資格がもらえるんでしたっけー、いいなーすごいなー、ぼくも早く先輩みたいに人間といっぱい契約したいなー」
 キューベレの賛辞に、リリアナは照れ隠しにフフンと鼻を鳴らした。
「そうそう、わかってるとは思うけど、必要以上に魔法少女の戦闘能力を高くしちゃダメよ。あくまでも対魔法少女戦だけで満足させておくこと。それにあたしたちの目的を悟られないようにね、それとあと」
「そんなに念をおさなくっても大丈夫ですよー」
 軽い口調で答えたキューベレはまた変身の練習をしている。ぼうん、という音とともに現れた姿は、緑の羽をしたオウムだった。
 うん、なかなかいいセンいくようになってきたじゃない。これもあたしのレクチャーのおかげよね。リリアナは一人ほくそえむ。
「最近はベルゼーブの契約成績がかなりいいらしいわよ、あんたもがんばりなさい」
 後輩を励ましながらリリアナは、背中に生えた真っ黒な翼をばさりと振った。

 魔法少女のそばには、常にマスコットキャラが存在している。彼らこそが、魔法少女にその力を与えた要の存在だ。魔法少女たちの願いをかなえるための手助けをする存在だ。
 だが、彼らが何故、何のためにその力を与えるのか────それは、誰も知らない。


「大惨事魔法少女大戦」企画 参加作品
http://indigo.opal.ne.jp/maho/
2012/12/31


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