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第二夜

 こんな夢を見た。
 海の中に点在する小さな島のうちの一つに自分は暮らしていた。
 今日は鰐獲りの日だ。鰐は獲っても食べられるわけではないが、こいつ等は少し放っておくとすぐに育ってしまい、子供を襲ったり漁の網を破いたりするので大きな群れになる前に数を減らしておかないといけない。自分と同じように鰐獲りの番にあたった者たちが、凧に乗るためにぞろぞろと丘へ連れ立って歩いていく。今日は風が凪いでいるから爺たちは一人用の小さなものばかりを塔に繋いでいた。
 凧はエイの姿を模して作られたものだという。何度も鰐獲りに出た隣の家の男は、一度海の中で本物のエイを見たと言っていた。
「俺たちの凧みたいにたくさん群れているんじゃなくて、とびきり大きいのが一匹だけ静かに泳いでいるんだ」
 男はいつでも誰よりも高いところまで凧を飛ばし、まるで鳶みたいな大きさにしか見えなくなるようなところから海に飛び込んでいた。そうして誰よりも長く海に潜り、一番多くの鰐を仕留めてきた。あいつをまた見られるんなら毎日だって鰐獲りに出てやるんだが、と言って笑っていたその男は、その次の次の時には海の底に潜ったまま帰ってこなかった。爺たちは後で流れ着いた男の凧を自分にくれた。
 皆がそれぞれの凧に乗り込むと、爺たちは糸をあるたけ伸ばして風を待った。ごうと吹き付けてきた風に合わせて、次々と凧は空に舞った。風にうまく乗せたところでぶつりと糸を切って凧をどんどん飛ばす。
 眼下に広がる海は翡翠の色をしていた。
 ぺたりと平らに静まりかえっているその水面は、本当に石か何かでできているかのように見えた。あそこに今から飛び降りてゆくのだ。周りでは銛を抱えた男たちが次々に、石つぶてのように海へと吸い込まれていく。
 凧の縁を蹴り、頭をなるたけ下にして自分もつぶてになった。水の中にするりと潜り込むと細かな泡がそこら一面に広がった。泡が日の光を照り返してきらきらと輝いている中を、小さな魚が慌ててあちらこちらへ泳ぎ回っている。海の中は温かく、鰐獲りで来ているのでさえなければそのまま魚を追っていたいところだが、今日はそうはしていられない。首をぐいと伸ばして下を向いたまま、眼を凝らして鰐の影を探した。
 二匹ばかり仕留めると、鰐は岩穴の中に隠れてしまってなかなか出てこなくなる。海草が茂った穴の入り口を探っていると、岩の裂け目に足が嵌ってどうしても抜けなくなった。口から鼻からごぼごぼと空気が抜けていく。目の奥がずんと痛み、耳の奥ではきんきんと鐘が鳴っていた。
 喉の奥からぶくりと大きな泡が出る。もう何も入っていない肺の中に冷たい緑の水が流れ込もうとしたとき、ちらりと大きな魚の影が見えた。
 凧の形によく似たその影の背に、誰かが乗っているような気がした。

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