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第三夜

 こんな夢を見た。
 明後日に迫った夏祭りを前にして、議員どもが頭を抱えている。隣町の議会が町対抗の盆踊り合戦を申し入れてきたのだ。
 この町の議会と川ひとつ隔てた隣の町の議会とは、何故だか知らんことあるごとに角突き合わせている。ついこの間は町議対抗・暑さ我慢大会が決行された。大会名称は真夏のコンクラーベだ。狂ってる。
 二つの町の議員連中は皆どてらを着込み、七輪をがんがんに焚いた一室の中で鍋焼き饂飩を食らった。七味は一瓶かけて当たり前だ。正気じゃない。うちの町の奴らは脱水症状でふらふらになりながらもなんとか勝ちを収めはしたが助役が倒れた。応援に駆り出される町の住民こそいい迷惑だ。
 我慢大会の後、療養と称してずっと夏期休暇をとっていた議員連中はこの急の果たし状に泡を食っている。なんでも隣町の議員たちは我慢大会の雪辱を果たすために、この夏は盆踊りの特訓を行っていたらしい。町の体育館を借り切って、専属のコーチまでつけたそうだ。このままでは負けは必至である。
 大騒ぎの会議室に、ボンクラ山の上にたった一人で住んでいるナマクラ博士が発明品とやらを持って現れた。町興しに使えと言ってガラクタの数々を二日とおかずに持ち込むこの男を、普段はけんもほろろにあしらっているくせに狸親父どもは満面の笑みで博士を迎えた。
「皆さんのお悩みを即座に解決する逸品をお持ちしましたぞ」博士は丁寧に布に包まれた等身大の機械らしきものを机の上に置いた。「これさえあれば盆踊り合戦はわが町の圧勝ですじゃ」
 どうして隣町の果たし状のことを知っているのかと問われても博士はこ汚い山羊髭をくるくる捻って笑うだけだった。とりあえず藁にもすがりたい議会の連中は、さっそく博士の逸品とやらを開け、そして歓声を上げた。
 夏祭りの当日、川を挟んでそれぞれの町の側の河川敷に櫓が設置された。参加者はこの櫓の周りを最後の一人になるまで踊って回るのだ。最後まで踊っていられた方の町が勝ちである。屋台には栄養剤やスポーツドリンクが並び、何をどう間違えたのか、強壮剤なんか売っている奴もいる。どこからともなく胴元が現れて賭けを始めた。
 隣町の議員たちはこの一夏で筋骨隆々になっていた。浴衣が似合わないことこの上ない。余裕の笑みを浮かべてこちらを見やる彼らを尻目に、親父どもは勝ち誇って町長の肩を叩いた。なんだか動きが固い上に語尾にピーとかガーとか異音が混じっている。
 これこそがナマクラ博士自慢の盆踊りロボットだ。普段の町長の姿を完璧に再現した上に、いくら踊っても疲れない。
 始まる前からうんざりした顔つきだった二つの町の町民たちは、重く垂れ込めていた空からぽつりと最初の水滴が落ちてきた途端に帰途についた。ゴロゴロと低く鳴り出した空がその足を速めた。広報課の職員が慌てた顔で開始を宣言し、櫓の上で二つの太鼓が同時に打ち鳴らされた。
 途端に空が揺れた。次の瞬間閃光が闇を引き裂き、どかんという破裂音とともにロボット町長を直撃した。
 静まり返った河川敷の空に、最初の菊がぱんと音を立てて赤い光を灯した。

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