小説≪④・明日は海の日。なっちゃんと出会った日・④≫
ももちゃんをホテルに誘ったのは、それから3か月を少し過ぎたときだった。ラインを何度も送りあい、デートを何度も重ね、人となりを理解しあってきた。どのくらい付き合ったらその段階に進んでいいのかわからないけど、ふたりの距離感とか空気感からそろそろいいんじゃないかなと思った。
ももちゃんにまたがり、ベットに横たわる彼女の服を脱がそうとした。彼女は、いったいどこからそんな声が出るのかというくらいの大声を出し抵抗した。そりゃ、女性がさっさと服を脱ぐのは情緒がないけれど、脱ぐだの脱がせるだのというやり取りが楽しいんじゃないか。それなのに何が何でも嫌だと拒否するなんて。
「そういうつもりで来たんだよね」
いやだいやだああとの金切り声が部屋を充満したころ、ぼくはももちゃんから手を離した。
かなり値の張るフレンチの店を予約した。ホテルの部屋だって最上階。きれいな夜景が見える。ももちゃんだってさっきまで、きれいねってうっとりしてたじゃないか。
「うん・・」
布団を抱きしめ、しくしく泣きながら答えた。
「ごめんなさい」
ももちゃんが良いとこのお嬢さんっていうのは知っている。だけれど、ももちゃんが今までどんな恋愛をしてきたんか知らないけど、それなりのことはしてきたはず。嫌ならホテルに誘った時点で断ればいい。誘われたときに、そういうことをするかもって予測はつくだろう。子供じゃないんだし。
泣きじゃくる彼女を見ているうちにぼくのものは萎えてしまった。トランクス姿のままベットから降りた。はあ。なんだよ。下手は下手なりに、彼女を満足させようと思っていたのに。
「シャワーを浴びてくるよ」
ひとりでシャワーを浴びる予定じゃなかったのに。お風呂でいろんなことをするつもりでいたのにさ。布団を頭からかぶっている彼女は、うん、と小さな声を出した。ぼくは、頭であろう場所をぽんぽんと叩いた。ごめんなさい、彼女は先ほどよりも小さな声で言った。
立ち上がりバスルームへ向かい、トランクスを手早く脱ぎ、シャワーの栓をひねった。誘うのがまだ早かったかな。付き合って3ヶ月というのは彼女にはまだ早かったんだろうな。もしそうならば、もう少ししてからまた誘えば応じてくれるかな。
それにしても、 ぼくってこんな人間だったっけ。消極的で、相手からせがまれるような人間だったのに。せがまれてもやり方がわかんないから、きれられたっけ。久しぶりに彼女ができたからって、こんなひどいことするなんて。ぜんぶぼくが悪い。ももちゃんに後できちんと謝ろう。お湯をなみなみと入れたバスタブに身を沈めた。天井を眺めながら、どうやって謝ろうと考えていた。
ベットに戻ってから、ももちゃんをそっと抱きしめ髪を撫で、ごめんねと繰り返した。時折、頬に口づけながら。ももちゃんは、わたしが悪いの。ごめんなさいごめんなさいと繰り返した。その度にそんなことないよ、ぼくが悪いんだと繰り返し彼女の額に口づけた。握りしめた手をふりはなすかと思ったけれど、ももちゃんはそっと握りかえしてきた。
「あおいさん。わたしのこと、嫌いにならないで」
思ってもみなかった言葉におどろいた。
「そんな。なんで。嫌いになるわけない」「ほんとに?ほんとに?よかった。お父さんやお母さんに嫌われてもいいけど、あおいさんだけはいや」
彼女はぼくに体をますます密着させた。ももちゃんを心の底から愛している2人に嫌われてもいい。でも付き合ってまもないぼくに嫌われたくないなんて。ももちゃんはぼくのことを本当に好きなんだろう。 でもぼくはそんな人間じゃない。可愛らしい容姿で、中身もきちんとしているももちゃんに比べて、ぼくは人並みの容姿だし、中身も大したことない。頭だって良くない。
ぼくは今まで、こんなふうに誰かに必要とされたことはなかった。両親からは人並みの愛情しか与えられなかった。過去の彼女たちからも好きだという言葉はあれど、その愛情もまた人並みだった。
ももちゃんは嫌いにならないでとは言った。けれど、やっぱり別れたいと言われても仕方ないと思った。生まれて初めて好きだと言ってくれた相手だし、1日に何回もラインをくれる。それも、ももちゃんから。彼女をとっくに好きになっていた。だから覚悟してた。けれど、どれだけ時間が経っても別れたいという言葉はももちゃんの口から発せられなかった。
うぬぼれてるかもしれないけど、ももちゃんはぼくのことが心の底から好きなのだろう。浮気をしても目をつむってくれるくらい。
✴️読んでいただいてありがとうございます。なっちゃんよりも、君を幸せにしてくれるのはももちゃんだと思うけどなあ。にしても、浮気て。あおいさんの口から浮気なんて言葉が出るなんて夢にも思わなんだ。ショックすぎる。あおいさん。きみ、汚れたな。都会の荒波にやられたかな。