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小説≪③・明日は海の日。なっちゃんと出会った日・③≫

 ももちゃんとのデートはいちからじゅうまでぼくが主導した。こう書くとぼくが強引なひとにおもえるけど、単にももちゃんが待ち合わせ時間も場所もぼくに任せているだけ。
【食べたいものはある?】
 ラインをおくると、
【あおいさんが食べたいものが食べたいです】
 なんて返事が来た。
 意見がない子なのかな。ぼくだってそんなにお店を知ってるわけじゃないから、お互いに提案して決めたいのに。いらいらしたけれど思い直した。自我の強い女性よりはいいや。昔付き合っていた子がそうだったなあ。そのことで何回もけんかしたっけ。
 初デートの日、彼女は父親の運転する車で待ち合わせ場所に来た。思ってもみなかった行為におどろいたけど、考えてみると彼女の父親にとってぼくは得体のしれない相手。彼と同じく、ぼくが一人娘の父親だったら同じことをするかもしれない。そんな男とご飯を食べに行くんだから心配して当たり前だ。
 ぼくはとっさに車に近寄り、大声で挨拶をした。お付き合いをするまえに、彼女の家で友人をともないご飯を食べた。ももちゃんの父親はぼくの過去、つまり女性関係を知りたがった。ぼくは友人になっちゃんとのすべてを話していた(なっちゃんが知ったら張り倒されるだろうな)。行為に及んだこと、手をにぎったこと、旅行に行ったこと、けんかをしたこと。行為の及びかた、仲直りのやりかた。ホウレンソウという言葉があるけれど、ぼくはレン以外のことをした。彼の問いに、僕はよく知らないんですよと友だちはしれっと言った。彼は納得できない顔をしたけれど、きみは信頼できる男だからと口にした。
 彼はももちゃんの気が変わるのを期待していたようだったけど、彼女は車からいそいそと降り、父親にもう帰ってよと促した。それでも車から降りようとしている父親に降りないでと強い口調で拒否をした。彼は言いたいことをむりやり飲み込んだ顔をしていた。そして、ぼくにそう見えただけかもしれないけど、彼は別れぎわにぼくをにらみつけた。車は来た時よりもうんとスピードを出して立ち去った。ぼくは慌てて頭をさげた。

 デートの帰り、ももちゃんを自宅まで送った。家の前に立ち止まり、ももちゃんは話したいことがあるのと言った。
「あの」
 ももちゃんはうつむいた。
「あおいさん・・」
 それきり黙りこんだ。沈黙があまりに長かったので、これは悪い報告だなと思った。今日は楽しくありませんでした。だからお付き合いは無理です、そう言うと思っていた。もしそんなことになったら友だちの昇進に関わるかな、お前との縁を切るって言われるかな・・。彼がぼくの唯一の友だちだって、彼は知ってるはずなのに。
   なのに
「今日は本当に楽しかったです」
 少し間があり、
「あおいさんにひとめぼれしました。迷惑でなければ付き合ってください」          その言葉にとてもおどろいた。なにが楽しかったんだろう。そりゃ確かに、彼女はずっとにこにこしていた。ももちゃんぐらいの女性は、どんな場所やお店を選ぶと喜んでくれるのかなと、それらをさんざん考えた。ぼくが選んだ場所やお店に対して、なんの反対意見も述べなかった。
  「ぼく、ももちゃんはあいつのことが好きなんだと思っていた。既婚者だけど」
 友人の名前を出した。
「あいつとばっかり話していたし。ぼくとは少しも話をしなかったから」
 ももちゃんは大きく頭を振った。
「緊張していたの。それからあの人、話しかけてくるから。わたし、おしゃべりな男性が苦手で」
「あいつ営業の仕事をしてるから、話をすることは得意なんだ」
 彼とは高校に入学してから知り合った。いわゆる陽キャの彼に対して陰キャ中の陰キャのぼく。2年生から生徒会長をしていた彼、帰宅部のぼく。同じクラスという共通点しかないのに、その他大勢のぼくを彼は見つけて話しかけて、友だちになろうよと言ってきた。変な人だなと思ったけど、断る理由もなく、うん友だちになろうと返事した。彼は、クラスの女の子たちに花火を見に行こうと誘われたときには、友だちが一緒ならと条件を出した。ひとつ下の後輩に告白されたときも、友だちとの約束を優先するという条件で告白を受け入れていた。その行為は、上級生同級生下級生、男女関わらず同じだった。別々の大学に進学が決まったとき、彼とはもう切れちゃうなと思っていたけど、その後も彼はこまめに連絡をくれた。
 改めて彼女を見た。ひとめぼれ、しました。ひとめぼれしました、ひとめぼれしました。頭のなかで反すうしてしまい、顔が真っ赤になった。誰かに告白されるなんて生れてはじめてだった。なっちゃんとは言葉のやり取りなしに付き合い始めたし、それ以外の子とはぼくからだった。だからどうしていいか分からなかった。
「あ、あの、あの。あ、あの」
 どもるぼくを見ていたももちゃんは、くすくすと笑いはじめた。
「あおいさん、かわいい」
 かわいいってなんだよ、もう。ぼくは7つも年上なのに。けれどその笑い声が呼び水になり、ぼくもくすくす笑ってしまった。彼女のおかげで少しリラックスできた。
「ぼくからも言わせてください。ぼくとお付き合いをしてください」


✴️読んでいただいてありがとうございます。あおいが初めて告白されたのがメインです。前作では、誰かにまさか告白されるとは思わなかったな。相手を好きになるのと、相手から好かれるってのは全然ちがうね。