小説≪⑤・明日は海の日。なっちゃんと出会った日・⑤≫
ももちゃんが意見を持っていないんじゃない。そのご両親、特に母親が意見を押しつけているんじゃないか。ももちゃんと一緒の時をすごし、話しを聞くたびにそう思う。
その日、ももちゃんはさらりとした生地のTシャツにそら色のカーディガンをはおり、アンクル丈のパンツを身につけていた。待ち合わせたカフェで、ぼくはコーヒーを彼女はレモンティーを頼んだ。
「いつもワンピースかスカートなのに珍しいね」
ぼくの言葉にももちゃんは不安そうな顔をした。
「似合わない?」
「そんなことないよ。とってもよく似合う」「ほんと?よかった。お母さんに選んでもらったの」
また〈お母さん〉か。ぼくは小さくため息をついた。ももちゃんには反抗期がなかったのかな。おとなしいと言われているぼくにだって反抗期は一人前あった。両親に暴言を吐いたり、物を投げつけた。そんな暴力的なことはしないかもしれないけど、父親を無視するとか、母親よりも友だちとの付き合いを優先しなかったのかな。
「ももちゃん。ぼくの言うことに従うんじゃなくて、自分の意見を言いなよ。行きたい場所とかやりたいこととか色々あるでしょう?」
胸のうちにずっとあったせいか、けんのある言い方になってしまった。すぐに、ごめんなさいと頭を下げた。ううん、ももちゃんはあおいさんは間違ってないと小さな声で言った。
「わたし以外の人の言うことのほうが正しかったから」
だったら、だったらぼくはどうして拒否されたんだろう?他人の意見が正しいと思っているのなら、ホテルに行ったときだってぼくの意見に従えばよかったじゃないか。ぼくの意思を全否定したくせに。
ももちゃんは、ぽつぽつと話しはじめた。
ももちゃんは、今までほとんどのことを母親が決めてきたそうだ。それは、小学校4年生のことまで遡るという。誕生日パーティーに着るワンピースを祖母と母親とともに伊勢丹に買いに行ったときのこと。ディスプレイされていた、白くてシンプルなワンピースにひとめぼれしたももちゃんは、母親にあれがいいと伝えたという。店員さんを呼び、マネキンからそのワンピースを脱がせてもらった。母親は眉をひそめ、それをなめ回すように見て、
≪シンプルすぎるわ。ももちゃんにはリボンがたくさん付いている、ほら、ああいうものが似合うわよ≫
別のマネキンが来ているワンピースを指さした。別の店員さんが下ろし、脱がせてくれた。それはピンク色で、レースやリボンが付いているふりふりのワンピースだった。
≪お母さんもそう思うでしょ?≫
ももちゃんの祖母はその娘ではなく、ももちゃんの顔を見ながら口を開いた。
≪ももちゃんは、こっちのワンピースが欲しいのよね?≫
祖母の問いにこくんとうなずいた、母親の顔を一切見ずに。
≪ももちゃん、どうしてこっちがいいの?≫ 詰問にももちゃんは口ごもった。
≪・・か、かわいいから≫
≪どこが!ピンクの方がかわいいわ。お母さん、こういうワンピースを着ているももちゃんが好きよ。白いほうはお姉さんになってからでいいわよね?ね?ね?ね!≫
反論する言葉が見つからなかったらしい。その圧に負けた彼女はピンクのワンピースで誕生日を迎えたという。
祝いに来た友人たちの受けも良くて、ももちゃんの母親は、ほら、みんなほめてくれたじゃないの。やっぱりこっちを選んで良かったね、と満足げに言ったという。
進学先の中学校や高校、大学を決めたのも母親だった。中学校や高校は何人かの友人が同じ学校に通うことになっていたためそれほど抵抗はなかったけれど、大学を決められ、就職先を決められたかけたときにはかなり抵抗したという。
「大学はどこに行ったの?」
中学校も高校も、メディアで扱われるくらい名高い学校だった。
「○○大学なの」
「えっ?もしかして△△学部?」
「うん」
○○大学に△△学部ありと言われるほど、優秀な人材を輩出している学部だった。逆立ちしたって、ぼくはとうてい合格できない。
「どっちもお父さんと同じなの」
同じ学校の同じ学部に入ったら、と提案したのは母親だったという。経営なんてももは興味がないだろ、父親の言葉に母親はまくし立てた。興味があるとかないじゃないの、お父さんと同じとこがいいのよ。あなたが教わっていた教授はまだ教壇に立っていらっしゃるんでしょう?これは全部ももちゃんのためなのよ。
ももちゃんは在学中に取得した中小企業診断士や日商簿記検定を生かすことができる就職先を探した。そして希望していた会社から採用通知がみごと来たという。そこに入り込んできたのが、また母親だった。
≪ももちゃん、ひとりぐらしなんてしたら自由に使えるお金なんてないわよ≫
ももちゃんが採用されたその会社の本社は、自宅から通うには遠すぎたそうだ。
≪初任給からお家賃や公共料金を引いたら、ほとんど残らないのよ。お母さん、ももちゃんにそんな苦労をさせたくないの≫
情に訴える母親の言葉に、
≪コネは嫌なの。やりたいことがあるのよ≫
≪ももちゃん。やりたい仕事よりも生活のほうが大切。生活するためにお金が必要なの≫
≪でも・・・≫
≪お母さんが若いときにお金にさんざん苦労したこと知ってるでしょ?自分の子供には絶対させたくないって思ったわ。ももちゃんの生活が不自由になるのかいやなのよ、お母さん。ももちゃんを辛い目に合わせたくないの。言いたいこと、分かってくれるわよね。ももちゃんはお母さんの最大の理解者なんだものね≫
≪・・・≫
≪ももちゃんのために言ってるのよ。分かるわよね?ももちゃん。ももちゃん。ね?ね?ね!ね!≫
そうは言っても、ももちゃんは24歳の立派な大人じゃないか。親から自立していてもおかしくない年齢だ。ももちゃんのお母さんは家賃が負担になるのが理由というけど、ぼくだって1人ぐらしをしている。出費がものすごく多いけど、なんとか生活できている。ももちゃんの勤めている会社の給料よりもうんと安いのに。
「ももちゃんはひとり暮らしをする気はないの?」
「したことないから・・・」
「杞憂だよ」
「でも・・・」
心のなかでため息をついた。親離れしたいのかしたくないのか分からないな。この子とこの先も付き合わなきゃいけないのか・・。ふう。今までの子たちのように簡単に別れられないのに。
❇️読んでいただいてありがとうございます。ももの過去や、子離れできないその母親について書きました。今回の〈5〉はこの先の話にかなり重要です。ノートにあげるのが不定期ですが、見捨てずにどうぞお付き合いください。