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俳句とエッセー①『 海 山 村 Ⅱ - 巡礼の旅』 津田緋沙子


  平 成 二 十 九 年


  巡 礼 の 旅


鉛 筆 も 子 の お さ が り や 春うらら

巡 礼 の 旅 の 終 は り の 薮 椿

聖 人 の 赦 し の 眼 致 命 祭

山 峡 の 秘 湯 卯 の 花 腐 し か な

青 嵐 白 鷺 は 樹 の 花 と な り

青 嵐 は ち ま き 長 く 応 援 部

口 紅 き り り ひ ま わ り の や う な 人

 

  致 命 祭

「致命祭」これは長崎の風土に根ざした独特な季語、ふるさと季語のーつだという。毎年二月五日、長崎市西坂の丘の日本二十六聖人記念碑の前で行われる野外ミサである。

山よりの供花はあをもじ致命祭     朝倉和江
致命祭市電 ゆ つ く り 坂 くだ る    末広 京
凍 雲 に 神 の 意 こ も る 致 命 祭    下村ひろし

 一五九七年一月、秀吉の禁令により捕らえられた宣教師と日本 人信徒二十四名は京都で左耳をそがれ、市中引き回しの上処刑地長崎までーケ月の長旅に出た。道中二名を加えた二十六名が、西坂の丘で傑刑に処せられたのが二月五日である。最年少聖ルドビコ茨木は十二才。霙めく寒さの中、 四千人が見守り、処刑後の十字架の穴には椿の木が植えられたという。
 今年初めて致命祭に参列する機会を得た。大司教以下司祭、修道士、神学校生徒の列座のもと、オルガンの調べ にのって連祷、讃美歌、祈り、聖饗…、ときに鳥の声も聞こえた。巡礼の旅の一団もいて、 この日集まった老若男女は二千人に上ったという。
 致命祭が果てると西坂の丘には騨雨が来た。


                  俳句とエッセー集『海山村Ⅱ』より

著者紹介
津田緋紗子(つだ・ひさこ)
昭和18年9月13日 韓国ソウル生まれ
昭和19年 母、姉と山口県仙崎へ引き揚げ
以降、父の郷里 福岡で学生時代をすごす
昭和41年 長崎市で就職
平成2年 諌早市の住人となる
平成14年 稲田眸子に師事
俳誌「少年」入会
平成29年5月 少年叢書として俳句とエッセイ集『海山村』刊行
令和4年9月 少年叢書として俳句とエッセイ集『海山村II』刊行
*俳句とエッセイ集 海山村II 少年叢書
初版第一版=令和4年9月1日

JR浦上駅から東の山を望む。西暦1597年に山肌の中腹を横切る時津街道を殉教者たちが歩いた。
浦上の奥の木場にある三ツ山教会。キリシタンが弾圧された最後の事件「浦上四番崩れ」では、老人から赤ちゃんまで信徒全員3394人が捕えられ、全国に流罪となった。浦上の信徒たちは、その流刑を『旅』と呼んで素直に従ったが、信仰が黙認される明治六年までの六年間で、実に613人が過酷な拷問の果てに命を落とし、この小さな木場集落だけでも135人の殉教者を出した。
マリア様


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