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俳句とエッセー⑧『 海 山 村 Ⅱ - ショパンのリズム 』 津田緋沙子


   シ ョ パ ン の リ ズ ム


雨 だ れ  の シ  ョ  パ  ン  の  リ  ズ   ム  梅  熟  る  る

勢  ひ  で  買  ひ  た  る  実  梅  一  抱  へ

昼  顔  や  ろ  ば  の  パ  ン  屋  の  通  り  ゆ  く

昼  顔  や  海  を  争  ふ  日  々  百  年

百  日  紅  若  き  師  の  説  く  近  未  来

フ  ラ  ス  コ  の  花  瓶  に  岩  菲  理  科  教  師

地  下  鉄  の  大  東  京  や  金  亀  子


   「 き ょ う だ い 」


 ことしの伊東静雄賞は、鹿児島在住の山之内勉氏の作品「きょうだい」 であった。

 きょうだいはいますか。/いません。 一人っ子です。/そう言
って何度姉を殺してきたことだろう。
と始まり、
 なんだ姉さん。みんな、あなたを生きていた。/あなたは私た
ちを生きてくれていた。驚きと安堵、そして静かな涙。
と結ばれる。予防接種の後遺症のため、不幸な運命を背負ったお姉さんへの深い思いをうたった詩である。

 受賞スピーチが心に沁みた。水を打ったような会場で誰も動かなかった。
「ただ二人の人に読んでもらいたくて書いた作品。 でも、その二人の人には読んでもらえない作品。文字の取得すらできない姉と、世間に姉をさらけ出したと怒り自分を勘当している父。しかし、伊東静雄賞を受賞したことで姉の人生が肯定されたような気が
する。私は赦されたような気がする」と。
 書くことは生きること。本物の言葉は心の底から生まれて育っていく…。そう思えてならなかった。


『 き ょ う だ い 』

              山 之 内     勉


きょうだいはいますか。
いません。一人っ子です。
そう言って何度姉を殺してきたことだろう。
セピア色に写った三人。若い父。若い母。切
り取られた小さな人。それを姉だと教えてく
れたのは遠い親類だった。予防接種の後遺症
で神様になったのだよ。寝たきりで口もきけ
なくて。お世話が大変でね。幼い神様には可
哀想だが一人で遠くへ移ってもらった。お腹
にいた君のためだとお母さんは泣いていたよ。

きょうだいはいますか。
います。寝たきりで口もきけない神様です。
そう言って何度父母を裏切ったことだろう。
でも私はオトウトになりたかった。父母に黙
って姉に会いに行ったのは結婚式の前日だっ
た。山深い初夏の緑の施設。どきどきしなが
ら初めて見た姉の顔は私にそっくりだった。
なんだ姉さん。鏡越しに毎日会っていたので
すね。あなたは私の中で生きていたのですね。
驚きと安堵、次に痛み、そして涙。

息子が五つになった時、姉に七五三の晴れ着
を見せに行った。初対面の甥と伯母は不思議
そうに見つめ合っていた。ひさしぶりに見た
姉の顔は息子にそっくりだった。なんだ姉さ
ん。あなたは私のそばに来てくれていたので
すね。驚きと安堵、そして涙。

きょうだいはいますか。
います。そう言っても寝たきりの母はもう怒
らなかった。弔いの後、山深い冬の施設に行
った。姉の顔は母そっくりになっていた。白
髪の模様も。しみの形も。前歯の抜け方も。

なんだ姉さん。みんな、あなたを生きていた。
あなたは、私たちを生きてくれていた。驚き
と安堵、そして静かな涙。

                    ( 第二十八回  伊東静雄賞  受賞作品 )


大東京(皇居から丸の内、東京駅を望む)


諫早公園の中腹にある伊東静雄顕彰碑。毎年三月の最後の日曜日、ここで『菜の花忌』が営まれる。今なお多くの方々が訪れ、伊東を偲び、菜の花を手向ける。



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