俳句とエッセー㉔『 海山村Ⅱ - 雲ひとつ -大試験 』 津 田 緋 沙 子
雲 ひ と つ
冬 木 の 芽 門 開 け ら る る 刻 を 待 ち
草 染 め の 草 摘 む 土 手 や ち ぎ れ 雲
摘 草 や 修 道 院 の 広 き 庭
摘 草 の 少 女 子 山 羊 の お 当 番
豆 腐 屋 の 小 上 が り 占 め る 春 炬 燵
雲 ひ と つ 眺 め て 入 る 大 試 験
大 試 験 待 つ 講 堂 や 大 時 計
大 試 験
タ方の ニ ュースに、大学共通テストのためフ エリーで長崎市へ
向かう離島の高校生の姿が映し出された。高校生たちは思ったよ
り明るい雰囲気を漂わせていたが、見送りの父母の表情には胸を
つかれるものがある。
何十年も前の私の受験の日の朝、 「これ」と言って、 母が差し
出したのは、父が肥後守できれいに削ってくれた三本の鉛筆だっ
た。 「家から通える国立」という条件で大学受験を許してもらつ
た私には一回きりのチャンスだった。Ⅰ期の受験の日には急性盲
腸炎で病院のベ ッドにいたからである。
しかし私は大失敗をやらかした。試験終了のベ ルで会場を出よ
うとした時、試験官に肩を叩かれたのである。 「名前を書き忘れ
ていましたね」と。解答用紙に名前を記入するより先に問題へ飛
びつかせた「正宗白鳥」は忘れられない。幸運を得たことの記憶
としても。
コ ロナ禍の中で受験生も翻弄された。 一点百人の世界。何がど
う転ぶかわからない一発勝負。確かに人生の分かれ道に立つ時だ。
どんな形で春が来ようともそこに希望の芽を見つけてくれること
を祈りたい。 (了)
下記に、これまで公開した津田緋沙子さんの俳句とエッセーをまとめましたので、ご一読いただければと思います。
よろしければ、諫早湾を舞台にした小説をお読みください。
諫早出身の日本浪漫派の詩人・伊東静雄の青春の苦悩を綴りました。ご一読いただければと思います。