俳句とエッセー㉓『 海山村Ⅱ - 星のベルト -鯨屋 』 津 田 緋 沙 子
令 和 三 年
星 の ベ ル ト
小 春 日 や 板 塀 に へ の へ の も へ じ
冬 構 牛 舎 を 回 る 槌 の 音
犬 小 屋 に 毛 布 重 ね る 冬 構
鯨 屋 て ふ 店 や 主 の 長 者 眉
星 の 子 は 星 の ベ ル ト を 聖 夜 劇
七 種 粥 野 の 明 る さ を 摘 み 入 れ て
寒 稽 古 ま こ と ち ひ さ き 剣 士 カ ゐ て
鯨 屋
旧商店街の端っこに小さな鯨屋が健在である。 「くじら」と白
抜きされた赤い職が立っている。 以前はゴム エプロン姿の小柄な
主がいて様々な肉やベーコ ンが置かれていたが、今は冷凍ケース
が二つ、あとは小豆や昆布、蒟蒻、煎餅も蝋燭も売っている。
この町に住みついて初めて鯨の肉に目覚めた私も折々に煮〆鯨
を買いに行く。その中で、あの主は体調を崩して店を切り回せな
くなり、娘さん夫婦が後を引き受けていること、 それは地元の人
の「店を止めんで」 の声に応えてのことらしい、 でも主特製のベ
ーコンはもう姿を消した…などを知った。
私は大いに納得した。 この店の鯨肉はほんとに美味しい。そし
てこの町の、とりわけ年長者には鯨は欠かせない味だ。筍が出れ
ば、新じゃがを掘れば、南瓜も勿論鯨で炊く。 「鯨は入っとん
ね」は美味しいの代名詞のようなものなのだ。少量を上手に使い、
媼たちの作る煮〆、豚汁、まぜ飯…その味には百年経っても敵わ
ないなと思ってしまう。
鯨屋は町の人の必要に応え、 必要な形になって残っている。赤
い幟は温かい気持ちもくれる。 (了)
下記に、これまで公開した津田緋沙子さんの俳句とエッセーをまとめましたので、ご一読いただければと思います。
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諫早出身の日本浪漫派の詩人・伊東静雄の青春の苦悩を綴りました。ご一読いただければと思います。
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