俳句とエッセーと諫早風景㉙『 海山村Ⅱ - なみなみと - クリスマス生まれ 』 津 田 緋 沙 子
な み な み と
城 下 町 ち ひ さ き 羽 子 板 市 の 立 ち
冬 ざ れ や 写 真 に 残 る 画 鋲 あ と
仔 牛 生 る 牛 舎 も メ リ ー ク リ ス マ ス
往 診 の 医 師 の 自 転 車 ク リ ス マ ス
元 日 の ま こ と 真 白 き タ オ ル か な
若 水 を 掬 ぶ 希 望 を つ つ む ご と
若 水 や 犬 の 椀 に も な み な み と
ク リ ス マ ス 生 ま れ
わが家の犬はクリスマス生まれである。夫が膵臓癌の手術をし
た年に生後二ケ月でわが家の一員になった。夫は犬嫌いだったが、
娘たちが強行突破した。 「クリスマス生まれよ、すごいでしょ。
みんなで散歩に行こうよ」と掌に乗る程の仔犬を夫の胸におしつ
け有無を言わせなかった。
名前はお父さんが、と命名権を貰った夫は満更でもなさそうな
顔で「むさし」と名づけた。そのときは娘も私も夫でさえも「ク
リスマス生まれ」 に希望を見ていたのだ。
犬のいる暮しが始まって想定外だったのはクリスマスが様変わ
りしたことである。もはやクリスマスは「むさし」 の誕生会、 星
の輝く幻想的な雰囲気は一切無くなった。しかし夫と「むさし」
はつかず離れずの良好な関係を作り、夫は術後十五年を生きた。
十六才になった「むさし」は最近どうやら耳が聞こえないらし
い。背後から近づくと飛び上がって驚くし、 目も少々白味がかっ
てきた。だがそれを苦にしたり落ち込んだりは全く無い。クリス
マス生まれはやはり格が違うのかと私はわが身を恥じている。 (了)
下記に、これまで公開した津田緋沙子さんの俳句とエッセーをまとめましたので、ご一読いただければと思います。
諫早出身の日本浪漫派の詩人・伊東静雄の青春の苦悩を綴りました。ご一読いただければと思います。
よろしければ、諫早湾を舞台にした小説をお読みください。