俳句とエッセー⑫『 海 山 村 Ⅱ - 海 は 青』 津田緋沙子
海 は 青
パ ン ジ ー の あ ふ れ ゐ る 町 新 開 地
パ ン ジ ー を 植 ゑ る さ み し さ 消 す や う に
福 分 け と 媼 の く れ し 蕗 の 薹
遠 き 日 の 恩 師 の 声 や 蕗 の 薹
ス マ ー ト ホ ン に 白 旗 上 げ て 春 炬 燵
春 光 に 凱 旋 し て く る 校 旗 か な
大 根 の 花 の 十 字 や 海 は 青
女 主 人
秋の長崎くんちテレビ番組の取材が町にやってきた。
「笑ってこらえてダーツの旅」。
旅人は今をときめく俳優菅田将暉である。
放映を見て改めて、 テレビ取材に動じない人々の自然体と
潜在する故郷愛に感じ入った。
きわめつきは牡嘱小屋の女主人きよちゃんである。
彼女は夫の同級生。国道沿いの牡蠣小屋を娘さんと切り盛りし
ている。ブリキのバケツー杯の新鮮な牡嘱が三千円。薪の炉で焼
いて熱々を食べさせる。
突然現れた菅田将暉に「きゃっ」と叫んだ娘さんに対し、きよ
ちゃんは全く動じない。すばやく炉を整え、焼けた牡蠣の殻を自
ら開けてワンコそばのように次々と食べさせていく。
そして残念がる。 「もうちょっと先なら味が深まってもっと美
味しかとに」と。きよちゃんの心はひたすら美味の提供に向いて
いる。折々にわが家にも蕗味噌や花菜漬などを届けてくれる心で
ある。
別れが近づいたとき、きよちゃんのロから出た「家に泊まって
もらえたら…」 の言葉にはもっとご馳走したいのにとの気持ちが
ありあり。 いつか是非という菅田青年に「そん時は私の顔にもア
イロンかけときますけん」。見事な女主人ぶりであった。
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