不動産オーナーから同族会社への賃貸(マスターリース)に関し、オーナーが課税処分を受けた事案について
1. 事案の概要
不動産のオーナーが同族会社に多数の不動産を一括して賃貸(マスターリース)したところ、その賃料がサブリースの賃料(エンドユーザーが同族会社に支払った賃料)に比べて低すぎるとして、オーナーが課税処分を受けた事案について、大阪地裁は、課税処分の取消しを求めるオーナーの訴えを認め、課税処分を取り消しました(大阪地裁令和6年3月13日判決)。
(なお、そのオーナーは接待交際費や車両の減価償却費を不動産所得の必要経費にしていましたが、裁判所はこれらは必要経費に当たらないと判断し、その点については課税処分を維持しています。)
判決文はこちらです。
敗訴した国は、大阪高等裁判所に控訴したようです。したがって、判決は確定しておらず、今後、高裁での審理に基づいて高裁判決が言い渡される予定です。
2. 争点
税務署は、所得税法157条1項の同族会社の行為計算否認規定を適用し、税務署が適正と認める賃料の額に基づいてオーナーの所得を再計算し、課税処分を行いました。
所得税法157条1項の同族会社の行為計算否認規定とは、以下の規定のことです。
この規定は、同族会社(同族企業など株主がごく少数の会社)の行為で、その株主の「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」があるときは、その行為を無視して、その株主の所得金額等を再計算する権限を税務署長に与えた規定です。
本件の税務署長はこの規定を適用し、オーナーの適正賃料の額を再計算しました。
この規定の発動要件である「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、同族会社の行為が経済的合理性を欠いていることをいうと解釈されています。
そこで、本件においても、オーナーと同族会社の間のマスターリースが経済的合理性を欠いているか否かが争点となりました。
3. 若干のコメント
判決文を読みましたが、国が地裁で負けてしまったのは、国の主張立証が不十分だったからだと思います。
判決によれば、マスターリースの賃料の額は、サブリースの賃料の60%程度だったとのことであり、これが認められたら、今後、不動産オーナーとその同族会社の間で同種のマスターリースを悪用した「節税」事案が多発すると思います。
(個人の所得に対する税率は最高で約56%であるのに対し、法人の実効税率は約34%ですから、本件のように賃料をうまく調整して法人に所得を寄せることで「節税」ができてしまうのです。)
私の仕事柄、国(税務署)は対立当事者であることが多く、そのため基本的に国を擁護することはありませんが、この事案だけは国に頑張ってほしいと思います。
以下、判決の内容についてもう少しコメントします。
地裁が国を負かした最大のポイントは、本件のマスターリースの実態に関する国の主張立証が弱かった点にあると思います。
地裁における国の主張は、「本件のマスターリースは、形式的には転貸になっているが、その実質は同族会社に物件の管理業務を行わせているに過ぎない、よって、このスキームにおいて同族会社に残してよい所得は物件の管理料相当であり、管理料を除いたエンドユーザーからの賃料は、全てオーナーの所得とすべきだ」というものであったと理解できます。
しかし、そうであれば、実際の賃貸の内容が国の主張するとおりの内容であったことについての主張立証が必要であったはずですが、判決文を見る限り、国からはそのような主張立証は殆どされていなかったようです(※)。
※ 判決は、わざわざ「被告の主張においても、本件賃貸借契約と一般のマスターリースとの間の契約内容の相違点について明確な主張はされていない。」と指摘しています(高裁での逆転勝訴のヒントを与えている?)。
その結果、地裁は、本件のマスターリースの契約内容は、賃借人が空室リスクや訴訟リスクを負担する通常のマスターリースと同じ内容であると判断し、国の主張を否定しています。
しかし、私が読む限り、本件のマスターリースの実態は国の想定に近かったのではないかと思います。
判決文における主張整理によれば、原告自身も「物件管理は、同族会社の●●(実際には●●の担当社員の▲▲)を通じて行うこととし」たと、そのことを認めるかのような主張をしています。
また、本件のマスターリースの賃料の額は、エンドユーザーからの賃料収入の見込み額の概ね53~55%程度になるように設定されたとのことであり、その設定において、同族会社が負うこととなるはずの空室リスク等は具体的に計算されていなかったということです。
さらに、当時、オーナーが顧問税理士から得ていたアドバイスの内容は以下のとおりであり、これらの事情によれば、独立第三者との取引と同視できるような合理的な検討に基づいてマスターリースの賃料の額が設定されたとは到底いえないように思います。
他方で、本件のスキームに関し、「オーナー自らがエンドユーザーへの賃貸を継続し、同族会社には管理業務のみを委託する方式」でなく、「同族会社に賃貸して同族会社がエンドユーザーに転貸するという方式」をオーナーが選択したことは、それ自体不合理とはいえないように思います。
特に本件では物件が多く、またオーナーも高齢であったようですから、エンドユーザーとの契約関係をオーナー個人から同族会社に移管するために転貸の形式をとったことは、理由のないものではなかったと思います。
しかし、ここでの問題は、あくまで、オーナーが同族会社から得る賃料の額が取引の内容に照らして不合理な金額であったか否かであり、その取引内容は、契約書外の事実も含めた取引の実態により判断される必要があると思います。
この点、本件のマスターリースの契約書は市販のひな型等をベースにしたものとのことであり、原告が主張する本件の特性を十分に考慮して作成されたとはいえないようですので、契約書の記載に基づいて本件の契約内容が一般のマスターリースと同じだと認定した裁判所の判断は疑問です。
4. 終わりに
3.で述べた取引実態に関する証拠を国が税務調査で十分に収集できているのか不明ですが、高裁では是非とも国に頑張ってもらいたいと思います。
この記事は以上です。お読みいただきありがとうございました。