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【台湾建築雑観】監理と監造、台湾の建築師の職能
日本の建築士が"監理"として行う業務と、台湾の建築師が"監造"として行う業務。この2つには、言葉の上では訳語として対応をしているのですが、その言葉の示す意味は微妙に異なるのではないか。ずっとその様に考えていました。最近になってようやく、この課題についての考えがまとまったので、そのことについて書いてみます。
なお、2年ほど前に"建築師の役割"と題して、建築の品質管理に関する台湾の建築師の関わり方についても書いていますが、今回はこの様なことになる、監理業務の理解について違いの説明になります。
日本の建築士業における工事監理業務
日本の建築工事においても、一般的なお施主さんにとって監理者の業務というのは曖昧で、理解の難しいものです。そのため国交省では、工事監理業務というのはどの様なものなのか、指針を示しており、概要この様な仕事の内容ですと説明しています。
国交省による「工事監理ガイドライン」
https://www.mlit.go.jp/common/001185127.pdf
工事監理者は、設計図書のとおりに工事が行われているかを確認し、欠陥の発生を未然に防ぐ重要な役割を担っています。一定の建築物の工事監理は建築士の独占業務であり、資格者としての責務を負っています。
(注)工事監理者は、一般的に建築士法に定める工事監理に加えて、それに伴うさまざまな業務を行います。
これらを合わせて監理業務といい、これを行う工事監理者を一般に監理者といいます。
国交省のホームページでの説明はこの様になっています。
英語における"supervise"の意味
英語では、この監理業務のことを"supervise"と言う様です。この単語の意味は、"super"が上から、”vise”が見るとか観察する。つまり、工事の様子を第三者として高みから見る。その様な含意のある言葉です。工事の当事者としての管理、construction managementではなく、彼らの様子を一段高い場所から監督して、確認やアドバイスするというニュアンスなのでしょう。
台湾の建築師が行う建造業務
日本で言うところの"監理業務"を中国語では"監造"と言います。当初、監理の業務というのは漢字の使い方の違いだけ、"理"ではなく"造"となる単なる文字の選択の違いだと考えていたのですが、今は日本語と中国語では、そもそもこの業務に対する考え方が微妙に異なっているのではないかと考えています。
"監"の文字は同じですので、意味も同じでしょう。監督、監視などのヴォキャブラリーから、見張るとか高みから見るという、英語のoverviewと同様の意味をこの文字自体が持っているのだと思います。
一方熟語の後半、日本語は"理"という抽象的な言葉になっています。敢えて意味付けをすると、道理にかなっているかどうかを監視する、確認するということになるでしょうか。
これが、中国語では"造"になっています。中国語で造という文字を使うと、これは営造会社を意味しているのだと読み取れます。これは、日本語で言う施工会社です。実際に建築工事を行う施工会社のことを、中国語では営造公司と言います。
すると、"監造"という言葉の意味は、営造会社のことを監視或いは監督するという、とても具体的な対象物を持っている言葉だと考えられます。そして、中国語における監造という業務は、正に営造会社が設計図通りに正しく施工しているかどうかを監督することなのだと、僕は考えています。
法規における監造業務の説明を見てみましょう。
建築師法:
第17條:建築師受委託設計之圖樣說明書及其他書件,其設計內容,應能使營造業及其他設備廠商,得以正確估價,按照施工。
第18條:建築師監督營造業依照前條設計之圖說施工。
建築師法
第17条:建築師は業務を受託して、設計による図面及び説明書その他の文書における設計の内容に従って、営造業者及びその他の設備業者に正確に工事費用を算出させ図面の通りに施工させる。
第18条:建築師は営造業者が前条の設計図書によって施工することを監督する。
この18条の規定で、監造の言葉の定義がされていますね。営造業者の施工を監督することとうたわれています。
そのことな背景には、営造会社に自分で好き勝手に工事をさせると、見ていないところで仕様を変えたり、安い材料を使ったり、建設コストを削減するために変なことをやり出すという不信の念がある様に思われます。このことを表す中国語もあり、"偷工減料"と言います。手抜き工事のことですね。
台湾の件の監造業務というのは、営造会社が手抜き工事をやらない様に監視する。その様な意味合いな言葉なのではないか。それが、今僕が台湾の建築師が行う監造業務の本質なのではないかと考えています。
日本の監理業務と、台湾の監造業務
この様に、"監造"という言葉が示している業務そのものが、台湾の建築師の行っている仕事なのだと、今僕は考えています。
施工者を監督する。これは、言葉の説明の上では国交省のホームページにあるものとほとんど同じです。しかし、日本の建築士が監理業務を行う際に、施工者と一緒に品質の向上に努めて様々な業務を行うのと比べると、とても消極的で限定的な態度です。
そして、この監造という言葉の示す理念の背景には、建築師の描く設計図書は正しいもので、営造会社は正確にそれを実現するべきだという考えがあるのだと思います。これは、考え方としては正しい様に思われますが、日本の設計図書の在り方とはかなりに異なります。
日本の建築設計図書は、建物のあり方と仕様を示していて、工事予算を確定することを主眼にしています。そして、施工会社は完成する建物の外観と、各種性能を満たすことができれば、自主的に設計図書の改善を図っていきます。日本語で施工図と書くものは、施工者が描いた設計図書で、建築士の描く実施設計図書とは異なるものです。
これに比べて、台湾の建築師が描く建築設計図書は、"施工図"と呼ばれます。そして、施工者はこの施工図をそのまま施工するべきものと理解されます。
日本の実施設計図書とは、設計の時間的段階としては同じタイミングなのですが、その位置づけは大きく異なります。施工者にとっては建築師の作成した施工図はあたかもバイブルの様なもので、そのまま寸分も違わず施工するべきものと考えられています。
そして、この施工図に対する位置づけと、建築師の行う監造業務がセットになっているのでしょう。建築師の描く施工図のままに施工されている様監視すること。それこそが監造業務なのでしょう。
この、台湾における建築師と営造会社の役割、中国語における監造と日本語の監理の業務内容の違いをわきまえておかないと、台湾での工事管理の仕事に適切に対応することができません。
端的に言うと、工事段階で施工者に対し、あれこれ検討の依頼をしても、彼らは設計図書を盾にそれ以上の検討をしないのです。それだけ、建築師の作成する施工図の意味づけが重いと言うことですね。
そして,その様な環境に置かれている台湾の営造会社は、自ら設計の内容を検討して、変更する様な考え方をしません。彼らはとても受け身に、建築師に言われるがままに施工します。日本のゼネコンの様な自主的な検討、改善を期待しても、台湾の営造会社はそのようなメンタリティーと能力を持っていません。
そして、台湾の建築師に日本の様な監理業務を依頼しても、彼らは設計図書に描いてあるものが全てなので、そのまま工事をさせるというのが基本的なスタンスです。施工者と共同でより良いものを作っていこうという様なマインドはあまり持っていません。台湾の建築師の立場は、営造業者よりも圧倒的に上です。彼らの作成した設計図書は、そのまま施工図なのであり、営造業者はそれを正確に再現すればよいのです。
この文書では、監理と監造という言葉の違いに表れている、日本と台湾の建築士の業務の違いについて説明してみました。
以前は、台湾の建築師は、工事監理の際の建物の品質への関わり方が不十分なのではないかと考えていましたが、今はそもそも日本語における監理業務と中国語における監造業務というのは、言葉の表面的には同じ様なのだけれども、業務内容の本質的なところで異なっているのだと考えています。