【吃音のある言語聴覚士】自己紹介、体験談
こんにちは。飯田裕幸です。吃音のある言語聴覚士です。
私の自己紹介や体験談をお話していこうと思います。
▶️職業・職場、その他経歴
○ 東京医薬専門学校 言語聴覚士科Ⅱ部(夜間部)を卒業後、医療法人社団青燈会(茨城県那珂市)に入職。老健勤務と病院勤務を経験し、高齢者の嚥下を中心に担当してきました。2017年4月より「吃音リハビリ外来」を創設し、吃音で悩む方たちの相談にも応じています。
○ 2016年より、医療専門学校 水戸メディカルカレッジにて非常勤講師をしております。分野は発声発語障害学(吃音)です。
○ 一般社団法人 茨城県言語聴覚士会 理事。現在は、広報局長を務めています。
○ 一般社団法人 茨城県リハビリテーション専門職協会 那珂市の市町村担当(言語聴覚部門)を委託されております。
▶️言語聴覚士を目指すまでの経緯
4~5歳頃から吃音があったようですが、私自身は気づいていませんでした。
小学3年生の国語の授業で、音読の順番がまわってきて、椅子から立ち上がり、いざ読もうとすると言葉が出ない…。10秒程度出なかったと思います。その時、とても恥ずかしい気持ちが湧き上がってきたことを今でも覚えています。
小学校や中学校では、吃音があってもそれほど困難を感じることはなかったのですが、高校生になると、人間関係の変化に加え、一部の同級生から話し方をからかわれるようになり、吃音症状が一気に悪化。社交不安が強くなり、人との交流を避けたり、冷や汗などをかくことも多くありました。
高校3年生になり、真剣に進学や進路を考えるようになると、吃音での悩みや不安はより深くなりました。親が公務員のため、自分も何となく公務員を目指そうと思い、国家試験を受験。結果は不合格。同年の11月、自分から母親に「(吃音を)どうにかしたい」と話し、某病院の言語聴覚士に相談することとなりました。
”言語聴覚士”という職業があることを知った私は、直観的にこう思いました。
「これだ!自分のなりたい職業はこれだ!」
それを両親に伝えました。
また、
・ 専門的に学ぶことで、自分がどんな状態なのかを知りたい、どうすれば良くなるかを知りたい
・ 自分が吃音で悩んだ経験や知識が、いつか同じ悩みを持つ人たちの助けになるのではないか
そんな思いから、言語聴覚士になることを決意しました。
当時は、茨城県内に専門学校がまだなかった時代でしたので、東京の専門学校に入学しました。
▶️養成校(専門学校)での試練
入学後は、昼間はパートで働き、夜に学校に行く生活を送りました。
入学後しばらくして、試練に直面します。
第一の試練は、吃音に興味のある学生や先生が周りにいなかったことです。
悩みを共有したいと思っても、一緒に吃音を学ぶ仲間が欲しいと思っても、できる人はいなくて、周囲との感覚や想いの違いを感じました。
でも、吃音になった経験がみんなにはないし、それは仕方ないことだなとも思いました。
歌は好きで得意だったので、カラオケが周囲とのコミュニケーションになっていたように思います。
第二の試練は、「実習先が飯田くんだけ見つからない」と言われたことです。
当時、吃音症状が重かったこともありますが、学校の先生から実習依頼先に吃音のことを伝えると、ほぼ全て断られてしまったと聞きました。
「学校で実習先がみつからないなら、自分で探す」
そう決めて、当時吃音相談に通っていた病院の先生に、吃音があるからということで「実習先がみつからない」と言われたことを伝え、この病院で実習させていただけないかとお願いをしました。
普段は通学している専門学校からは実習生をとっていない病院ですが、「飯田くんならいいよ」と言ってくださり、学校にもその旨を私から伝え、ここで何とか実習をすることができました。
国家試験にも合格し、言語聴覚士の免許を取得することができました。
▶️言語聴覚士としてやっていく上での決意・想い
就職活動では、3ヶ所目の面接でご採用いただきました。それが現在勤務している法人なのですが、当時面接をしてくださった方に、吃音があることや目標としていることを伝えると、こう言ってくださったんです。
「ここで働きながら治していけばいいよ。吃音があっても働けるでしょ?」
そう言ってもらえたことが嬉しく、「ここでなら働いていけそうだ」と思い、入職を決意しました。
吃音があることで、話し方について何か言われることは覚悟していました。
何か言われたときに伝える言葉も予め決めておきました。
「元々、こういう話し方なので、気にしないでくださいね~」
入社時、言語聴覚士としてやっていく上で、2つの目標を立てました。
①吃音があっても「飯田さんに診てもらいたい」と思われる言語聴覚士になる!
②将来、いつかどこかの病院で吃音の相談外来を開設する!
吃音があっても診てもらいたいと思われる言語聴覚士になるためには、スタッフや患者さんが求めること、助かるなと思うこと、相手のためになることをやっていくことが大切だと考え、ひたすら実行してきました。
徐々にスタッフにも患者さんにも認めてもらえるようになり、①も②も達成することができました。
実は、入社した次の日に、1人の男性介護士さんが声を掛けてくれたんです。
「吃音があるのに言語聴覚士になりたいと思うのはすごい人だな」と思った、「歌が上手いらしい」と聞いた、らしいです。
6歳くらい年上の方ですが、今でもその方は親友ですし、これまでにもいろいろと助けていただきました。この方がいたから、私はスムーズに溶け込んでいくことができたんだろうなと感じます。
▶️吃音リハビリ外来、念願の新規開設へ!!
私が高校生のときも、専門学校生のときも感じていたことなのですが、茨城県内だけでなく、全国的にみても、吃音の相談を受け付けている病院・機関がとても少ないと感じていました。
吃音外来をまだ開始していないときにも、「吃音の相談を受けてもらえませんか…?」というお問い合わせの連絡が数件きていました。
上司とともに院長先生のもとに行きました。
「吃音相談の要望・お問い合わせがきています。お受けしてもよろしいでしょうか?」
同席した上司も、私が吃音の勉強をずっと続けてきていることを伝えてくれました。さらに、私からも、いろいろお伝えしました。
そして、院長先生からの「吃音、できるのか?」との問いに、私は「できます!」と即答。「じゃあ、やるか。俺も勉強するから、何か本あれば貸して!読むから。」と院長先生が言ってくださり、吃音リハビリ外来の新規開設が決まりました。
2017年4月の開設から、吃音リハビリ外来の相談希望者は年々増加しています。県内各地からだけでなく、県外からの相談希望者も多くおります。
吃音で悩んでいる方たちがとても多いこと、専門的に相談できる病院・機関を多くの方が必要としていること、それを強く感じる日々です。