EDITS 2023年次会合 参加報告
1.はじめに
2023年, 国際応用システム分析研究所(IIASA)及び地球環境産業技術研究機構(RITE)の主催する2023年EDITS年次会合に参加させて頂いたので, ご報告させて頂きたい.
2.EDITS
はじめに、EDITSとは, "Energy Demand changes Induced by Technological and Social innovations"(技術革新と社会革新によるエネルギー需要の変化)の略称で, エネルギーの需要側研究と政策支援の強化を目的とした研究者ネットワークプログラムである. EDITS発足のきっかけとなったのは, 低エネルギー需要(LED)シナリオ(Grubler et al. 2018)の研究だった. EDITSに繋がる特徴的な文脈として, エネルギーの供給側ではなく, 最終エネルギー消費の低減や製品・サービスの効率化が需要側のエネルギー使用量削減と脱炭素化の重要な鍵となる. つまりエネルギー最終利用の効率が向上すれば, ネガティブエミッション技術に頼らずとも, 人類のニーズを満たすためのエネルギー資源利用も削減可能と考えられる. このエネルギー需要側に着目した新たなアプローチによって, エネルギー供給の脱炭素化や, 気候変動対策におけるパリ協定1.5℃目標, SDGsの達成も期待される.
EDITSは, 日本のRITEが経済産業省から受託した研究調査事業で、オーストリアのIIASAと共同運営している. これまでIIASA及び RITEは, 世界トップの研究機関として環境・経済・技術・社会発展の観点から気候変動モデルやシナリオ研究をリードしてきた. EDITSは, 2019年から始まったワークショップを踏まえて2020年に発足し, モデル研究者を中心に多様な周辺分野の専門家が多角的なエネルギー需要研究について定期的に議論し, 発展に取り組んできた. 2023年12月現在, ホームページ上ではEDITS会員数(招待制)は172名となっている.
EDITSの主な活動は, 全体会議, ワーキンググループ, 及び共同研究がある. ワーキンググループは8つのトピックごとに設置されている(表1). セクター分析では, 建築, 運輸, 産業の需要セクターのモデリングに関する研究を行い, 低エネルギー需要と部門間の相互作用を検証する. 異なる需要サイドモデルをリンクし, 補完的なシナリオを作成するための研究が行われる. また, データのカタログを作成して, メンバー間で分析データの共有を目指している.
3.EDITS 2023年次会合
2023年EDITS年次会合は, IIASA, RITEと受け入れ先のISCTE (University Institute of Lisbon)の主催で, 2023年11月7日から9日までの3日間にわたりポルトガルのリスボンで開催された. 各日に特定のテーマ・トピックが設定され, エネルギー需要, 福祉, 政策, 産業政策に関するセッションが企画された. 参加者間の深い議論と対話に時間を割く方針から, 多数の分科会やサイドイベントを通じて成果の共有も行われた. 参加者の活発な交流を深めるために, 事務局が企画する近郊ツアーや懇親会も開催された. さらに, 前後してサイドイベントやワーキンググループの会合等も行われた. これらの多様な工夫により, 参加者は相互に交流を深め, トピックを深く議論できた.
2023年のEDITS年次総会のテーマとして掲げられたのは, 「Conference on improving wellbeing while avoiding dangerous climate change(危険な気候変動を回避しながらウェルビーイングを向上させる)」だった. 気候変動対策のウェルビーイングへの影響に関する研究の推進と, 政策との連携が, 今回の2つの主要テーマとして設定された. 2022年に公開されたIPCC第6次報告書でも, 気候変動対策はその損失や損害を小さくするだけでなく, ウェルビーイングやその他のシステムにおいても利益があるとする. EDITSは, 先駆的にこの課題に取り組んできており, EDITS内外の研究者や実務者との更なる協力を推進しながら, 気候変動対策がウェルビーイングに与える影響を把握し, 政策立案に役立てることの重要性が強調された.
需要サイドの緩和オプションは幸福の改善に概ね有益な効果があると示唆されている(Creutzig et al., 2022)が, 今回の議論を通じて, 世界中の人々が良い生活を送るために必要なものは何かというウェルビーイングの視点から気候変動対策を再考することで, 各国の政策決定者や実務家にとって説得力のある選択肢が浮かび上がってくる可能性が示唆された. 今後の研究課題となっているウェルビーイングを正しく可視化する手法について議論が重ねられたことで, 新たな知見や洞察にも繋がるだろうと感じられた.
また, 技術イノベーションを考慮に入れたモデル研究の重要性はますます高まっている. エネルギーモデルの補完や二酸化炭素除去(CDR)に関するデータの迅速な拡充が必要となる. EDITS参加者からも, パリ協定の目標達成と低エネルギー・低資源消費による高いウェルビーイングの実現を両立する世界的な「High-with-Low」シナリオが提案されている(Wilson et al., 2023). High-with-Lowシナリオの3つの中心テーマは, 万人向けの適正な生活水準, イノベーションと技術の「粒度」, デジタル化である. これらの主要なテーマ・論点を踏まえて, EDITS年次会合でもウェルビーイングの拡充や政策連携が積極的に議論されており, 既に次のIPCC報告書を念頭に今後世界が取るべきアクションや戦略が議論されていたのが印象的だった.
4.参加の感想
今回のEDITS年次会合では, 気候変動研究をリードする世界の研究者による活発な意見交換が行われ, 気候モデルやシナリオ研究における周辺領域である, ウェルビーイングや技術イノベーション, 持続可能な開発との相互連関を深く理解することができた. 特にEDITSではエネルギー需要の削減が重要という前提が参加者に共有されているため, メインセッションやサイドイベント全てを通じて大変活発な意見交換が行われ, 気候モデル・シナリオ研究のさらなる広がりや実社会への積極的な働きかけの可能性を感じた. また, 参加者もポルトガル開催ゆえIIASAの研究ネットワークの影響で欧州からの研究者が多いものの, 中国・韓国やインド等からも研究者が参加されており, 気候変動対策の議論に地理的・分野的にも多様な観点を取り込もうとするEDITSの目指す方向性も理解できた.
コロナ明けで私は初めて対面の海外学会への参加だったため, セッション発表およびパネル登壇までに多少緊張していたものの, 和やかな雰囲気に包まれた会場で世界中の研究者の皆様とざっくばらんに議論することができ, 大変学びが多く有意義な機会となった. 私からは日本の政策や市場の影響によるエネルギーベンチャー投資に関するイノベーション研究を紹介させて頂いたが, エネルギー技術イノベーションの議論で盛り上がった. 今後も発表の機会をいただければ, EDITSのさらなる発展と日本の学術的プレゼンス向上に協力していきたい. 気候変動モデルや持続可能性移行研究のエコシステムの振興に, 日本からも微力ながら貢献できるように引き続き尽力する所存である.
5.おわりに
初めて訪れたポルトガルのリスボンは, 現在も活気のある歴史的な港町だった. かつてのポルトガル海上帝国の大航海時代の繁栄を想起させるジェロニモス修道院やベレンの塔のような歴史的建造物が並び, 海を見渡す丘に広がる旧市街には路面電車やポルトガルの伝統音楽であるファドを楽しめる酒場やレストランが立ち並ぶ. 主催者に準備して頂いた近郊ツアーでは, ユーラシア大陸最西端のロカ岬や世界遺産シントラの城塞を見学した. 訪問は11月の晩秋ながら暖かくて過ごしやすく, 街ゆく人々も皆が親切かつ気さくで, リスボンは大変居心地がよかった.
今回コロナが収束し日常が戻った世界で, 会議開催に尽力いただいたIIASAやRITE・ISCTEの皆様, 日本で事務局を担当されているRITEの皆様, 同行させて頂いた東京大学・未来ビジョン研究センターの杉山昌広教授には大変貴重な機会を頂き, ご協力を頂いた皆様に心よりの謝意を表し, 本稿を締めくくりたい. ありがとうございました.
参 考 文 献
1) https://iiasa.ac.at/events/nov-2023/edits-annual-conference-2023 (最終閲覧日:2023年12月21日)
2) https://iiasa.ac.at/projects/edits (最終閲覧日:2023年12月21日)
3) Creutzig, F., Niamir, L., Bai, X., Callaghan, M., Cullen, J., Díaz-José, J., Figueroa, M., Grubler, A., Lamb, W. F., Leip, A., Masanet, E., Mata, É., Mattauch, L., Minx, J. C., Mirasgedis, S., Mulugetta, Y., Nugroho, S. B., Pathak, M., Perkins, P., … Ürge-Vorsatz, D. (2022). Demand-side solutions to climate change mitigation consistent with high levels of well-being. Nature Climate Change, 12(1), Article 1. https://doi.org/10.1038/s41558-021-01219-y
4) Grubler, A., Wilson, C., Bento, N., Boza-Kiss, B., Krey, V., McCollum, D. L., Rao, N. D., Riahi, K., Rogelj, J., De Stercke, S., Cullen, J., Frank, S., Fricko, O., Guo, F., Gidden, M., Havlík, P., Huppmann, D., Kiesewetter, G., Rafaj, P., … Valin, H. (2018). A low energy demand scenario for meeting the 1.5 °C target and sustainable development goals without negative emission technologies. Nature Energy, 3(6), Article 6. https://doi.org/10.1038/s41560-018-0172-6
5) Wilson, C., Grubler, A., Nemet, G., Pachauri, S., Pauliuk, S., & Wiedenhofer, D. (2023, August). The “High-with-Low” Scenario Narrative: Key Themes, Cross-Cutting Linkages, and Implications for Modelling [Monograph]. WP-23-009. https://iiasa.dev.local/
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