気候テックイノベーション最前線 〜 プラントエンジニアリング業界の役割と挑戦
近年深刻化する気候変動への挑戦は、温室効果ガスの排出という喫緊の問題を突き付けている。2015年のパリ協定以来、気候変動を緩和するための脱炭素社会への移行は企業や国家の義務となった。今までグローバルでエネルギーや社会インフラの普及と維持に深く関わってきたプラントエンジニアリング業界も岐路に立たされている。プラントエンジニアリング業界が直面する経済を脱炭素化させる社会変化は、既存の事業モデルを根本から変革する機会と捉えるべきである。プラントエンジニアリング業界は、エネルギー・環境等の気候変動対策に資する技術導入の最前線に立ち、政策トレンドを踏まえた事業環境や市場変化を先取りし、事業転換や新事業創出を実現することが今後の競争力を左右する。そのために、気候変動分野の技術イノベーションの仕組みと支援について改めて整理したい。
●気候テックの特徴と課題
現在、気候テックと呼ばれるスタートアップへの関心が高まっている。気候テックという概念は、気候変動への対策と脱炭素社会移行を加速させるテーマとしており、ここに民間資金が急速に投じられている。気候テック分野は気候変動の緩和に向けた技術やビジネスとして、エネルギー、環境、モビリティ、建設、不動産、フード・アグリなど、温室効果ガス排出の多い多様な業界に革新をもたらしている。気候テックへの投資額は2020年下半期~2021年上半期の合計値(全世界)で857億米ドルに達しており、今後多くの商機や社会変革が生まれると考えられる。日本でもスタートアップへの関心と脱炭素への意識向上が相まって、気候テック関連のイベントやプログラムも相次いで開催され、起業家や投資家からの注目が集まっている。
しかし、2005年から2011年のクリーンテックブームを振り返ると、気候変動に特化したイノベーションへの支援には特有のアプローチが求められるという教訓が得られる。2000年代に北米で見られた化石燃料価格の上昇、アル・ゴア氏の「不都合な真実」等による気候変動への関心の高まり、公共政策の支援、そしてベンチャーキャピタルの新規投資機会の探求といった要因が結びつき、”クリーンテック”と呼ばれる新エネルギー・環境分野への投資が急激に拡大した。しかし、2008年の金融危機の頃から投資は減少し、クリーンテックの冬を迎えた。当時のベンチャー投資家がクリーンテック分野から手を引いた理由として、技術開発に必要な期間の長さ、ハードウェアが絡む事業ゆえの大規模な設備投資の必要性、コモディティとしてのエネルギー市場への参入障壁、IPO以外の投資家のExit選択肢の不足などが挙げられた。この期間のクリーンテック企業の投資リターンは、ソフトウェアや医療分野と比較しても低かったという報告もある。
過去の経験を振り返ると、クリーンテックは一般的なベンチャーキャピタルらが望むリスク・リターン比や投資回収期間と合致しない。技術のイノベーションプロセスには、「死の谷」と呼ばれるリスクがある。しかもクリーンテックには、基礎研究から製品化に至るまでの「死の谷」だけでなく、量産化や市場投入に向けたスケールアップで直面する「第二の死の谷」の問題も指摘されている。これらの理由から、もし起業家や投資家がソフトウェア技術やサービス型事業のような短期的な利益と迅速な投資回収を追求した投資のみを選好すれば、将来の気候変動問題への解決策となる技術イノベーションは実現が遠のくだろう。
●脱炭素技術の支援拡大
だが前途は決して暗くない。現在の気候テックに関わるグローバルの投資家は、過去の失敗から学んでおり、確かな経験を積んでいる。ビル・ゲイツらが立ち上げた気候テック投資家のBreakthrough Energyは、投資回収期間を長く取る、ステージ別にファンドを設ける、出資者へのインパクト還元といった、支援自体の仕組みに革新を加えている。日本企業も出資するBreakthrough Energy Catalystは、新技術をスケールアップさせる際のファイナンスギャップをカバーするリスクマネーを提供するプログラムだ。気候テックにはコーポレートベンチャーキャピタルや政府系ファンドなどの長期間耐えうる投資家の参入も増えると同時に、消費者や需要家となる大手企業からの購買支援やスケールアップ実証に向けたオープンイノベーションによる支援も行われている。
核融合や直接空気回収技術(DAC)のようなハードウェア型技術の実証と普及には、民間だけでなく公的セクターの支援も不可欠となる。米国は2022年にインフレ抑制法を成立させ、エネルギー安全保障や気候変動対策に今後10年間で5,000億米ドルに達するとされる巨額の補助金や税制優遇といったテクノロジープッシュ型の支援策を提供する。また、商業化前でコストが高いプロダクトに市場投入の機会を与えるため、カーボンプライシングといったデマンドプル型の支援策も盛んに議論されている。日本も、2023年にGX推進法を成立させて脱炭素社会実現に向けた加速させ、同時にスタートアップ支援を重点政策と定めて今後5年で投資額を10倍以上の10兆円規模にまで拡大する「スタートアップ育成5か年計画」を発表した。
●エンジ企業も知の終結を
気候テックイノベーションの推進には、その特性を正しく理解した、官民のパートナーシップを通じた新しいイノベーションモデルの構築が求められる。起業家や投資家にとっても、シーズ技術を提供する学術機関やインキュベーション機能を備えた支援機関、社会普及を後押しする国や大企業のようなエコシステムの様々なプレイヤーとの連携が不可欠だ。
プラントエンジニアリング業界は、気候テックを技術実証・スケールアップして商業化するバリューチェーンにおいて、プロジェクト管理と多様なパートナーとの連携経験を活かして新たなビジネスチャンスを見出せる位置にいる。気候変動という地球規模で人類が取り組むべき課題に対して、プラントエンジニアリング業界をはじめとする社会全体の知恵が集結して新たな解決策を生み出すことに期待したい。
●プロフィール
岩田 紘宜 [東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 博士課程/未来ビジョン研究センター リサーチ・アシスタント(2023年現在)]
東京大学大学院修了後、プラントエンジニアリング会社、ベンチャーキャピタルを経て、現在は東京大学・大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 博士課程及び未来ビジョン研究センター リサーチ・アシスタントとして気候変動とイノベーションを研究する。同時にメンター等として、英国ケンブリッジ発の気候危機に対応するベンチャービルダーCarbon13や米国の気候テックエコシステムThird Derivativeらを支援する。
連絡先:iwata-hiroyoshi@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
●参考文献:
Breakthrough Energy. (2021). Breakthrough Energy Catalyst Program Overview.
Gaddy, B. E., Sivaram, V., Jones, T. B., & Wayman, L. (2017). Venture Capital and Cleantech: The wrong model for energy innovation. Energy Policy, 102, 385–395.
Nemet, G. F., Zipperer, V., & Kraus, M. (2018). The valley of death, the technology pork barrel, and public support for large demonstration projects. Energy Policy, 119, 154–167.
PwC. (2021). State of Climate Tech 2021. PwC.
Surana, Kavita, et al. "The role of corporate investment in start-ups for climate-tech innovation." Joule 7.4 (2023): 611-618.
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