世の中って何だろう。
私自身も一つ間違えたらこういう人間になってしまうことは
よくわかっている。
どこをどう間違えたのか、よくわからないが周囲に虐められたと
感じ取って、人間不信になり、それでいて人間不信でも生きて行ける場所がこの社会にはないも同然で、生きれば生きるほど世の中で傷ついて、
「犯罪を犯して刑務所に入る」という「安息の地」を見つけて、
けれども、大抵は期限があるから無理やり追い出されて、
一番最初に戻る。
言葉が悪いが人ひとりこxせばほぼ一生そういう安楽の場を得られるのに、そこまではやりたくない意気地なしぶりもこういう人間特有の性というかなんというか、どういえばいいのかわからない。
現状、こういった「不器用な人たち」や「人と混ざって生きることが苦手な人たち」や「人と混ざって生きることができない人たち」は自殺することが許されておらず、この世で最高かつ最悪の拷問を受けている。
その人が悪いわけじゃない、生み育てた親が悪いわけでもない、
社会がどうのこうのというのも野暮だ。
理想は抱撲のような恨みつらみを受け止めて、生きなおしをさせて
もらえる場所が日本全国にできてくれたらよいのだが、世の中にいる
「ものすごく意地悪な人たち」の力が強くて、うまくいかない。
こういった「不器用な人たち」や「人と混ざって生きることが苦手な人たち」や「人と混ざって生きることができない人たち」を救済するために死刑制度や安楽死の制度を使えば犯罪になく人が少なくなるのかもしれないのに、なぜそうさせてくれないのだろう。
そして、なぜ一定数こういった人たちが生まれてしまうのだろう?
これは神様のせいなのか、何なのか、正直わからない。
さらに言うと、どういう意図をもって、できない人や不器用な人を生まれ遣わせるのか、わからない。
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