自分の求めていたもの。
かなり、久しぶりの投稿です。前回からの記事とは繋がっていないですが、この今日のタイトルの意味は実は深いです。
ただ、ストーリー的には繋がっていないのですが、実は今までの記事の内容に対して必要な要素です。
久しぶりに自分の記事を読んで同時を思い出して今日の記事を書いていきます。
自分が求めていたものが、自分の求めていたものと違う。
言葉にすると不思議な表現になります。
しかし、本当にこんな気持ちになるのです。
自分が真剣に求めていたもの。
それが、本当に求めていたものと違うという事に気づけるのは本当に喜ばしい事であり奇跡です。
イメージしやすいように比喩すると、広大なドームの中にいます。
確かにそこは求めていた領域の中に自分はいるのです。
たから、間違っていないと思っていました。
ですが、その広大なドームの中で自分の求めたゴールがある方向と違う方向へ進んでいる事がわからなかったのです。
だから、その領域にいながら違う方向へ進んでいたという不思議な出来事が当時はありました。
本当にやりたい事。
それは、内側の結婚でした。
同時は、その表現は使っておられなかったので、私は外側の結婚の事と無意識に勘違いしてしまっていました。
それゆえ、本当に湧き上がる情熱が湧いていなかったのです。
外側の結婚を達成する情熱はありました。
内側は全く感じれていなかったのです。
これが、先程の比喩表現でお伝えした内容です。
いささか文章で、この感覚を伝えるのはややこしさを感じさせてしまうかもですが、自分という自我は本当の自分の行きたい場所へは連れて行ってくれないのです。
自分の本当に求めるものを認識出来る。
高次元の私から観た内側の男女の愛。
これが、私の求めていたものと気づくまで自我に振り回されていました。
本当の幸せは、本当の私で在ることだったのです。