【自己紹介】はじめてのnote
はじめまして。ヒロツグと申します。
ここでは精神障がい者の方々の苦い思い出や理不尽に感じた出来事、世の中に問いたいこと、そしてハッピーなエピソードなどを取り上げ、それらについて考察していきたいと考えています。
経歴と障害と
私は現在、WEBデザインを学べるJという就労移行支援事業所*1 に通いながら、グラフィック・WEBデザイナーとして細々と活動しています。
それ以前は長いこと音楽業界で働き、その時に長期的な極度のストレスから重度のうつ病になり、約1年間の廃人のような生活を経て何とか寛解*2 することが出来ました。
その後、デザインの道に進みましたが、いわゆるクリエイティブと言われる業界では月120時間を超える残業をする会社も珍しくはなく、私がいた会社もご多分に漏れず、毎日終電帰りで夜中でもメールやチャットの対応をしなくてはいけないなど地獄のような労働時間と労働環境でした。
そんな環境で約10年ほど働いたものの、やはり人間の身体は無理をし続けることはできません。
段々と躁状態とうつ状態が現れ、双極性障害と診断されてしまいました。
このままでは間違いなくまた社会生活が出来なくなる…(うつ病の時のつらい経験が蘇ります)。今までのような仕事ずくめの生活に別れを告げるべく、逃げるようにして会社を辞めました。
会社を辞めた後は家に引きこもる生活に突入し、その時にふとテレビで就労移行支援というものの存在を知り、別の働き方を探ることを決意。
これからの人生観を改めて構築し、自身の障害理解を深めるために、はじめて就労移行支援Rの扉を叩きました。
ちょうどコロナが猛威を振るった年だったこともあり、なかなか就職が決まらず就労移行支援の利用期限*3 が迫った一年半ほど経った頃にようやく内定をもらいました。
入社した会社で事件が
さて、やっと就職が出来たと一安心したのもつかの間。
入社した会社は積極的に障がい者雇用を促進していたので、私以外にも数名の障がい者が在籍していました。
その中に知的障がいの男性がいたのですが、彼は仕事中に意味をなさない声を出してしまうという障害特性がありました。
ある日、その声を近くで聞いた役員はあろうことか「うるせぇ!黙れ!」と罵声を浴びせたのです。
私はこの件に強い怒りを感じ、人事部の担当に抗議しました。
その結果、会社はその知的障がいの男性と私を会社都合で解雇。
障がい者雇用促進という会社の方針を180度変え、以降の障がい者雇用は廃止するという時代と逆行する方向に舵を切ったことで、最終的にすべての障がい者雇用の従業員も解雇となりました。
障がい者の就労に対する大きな疑問
このことをきっかけに私は、現在国が推し進める障がい者雇用促進というものや障がい者支援事業というものの "建前と実態" を知りたいと考えるようになりました。
ネットで、障がい者雇用や就労移行支援のマイナスイメージのワードで検索すると
「企業は助成金目当て」「就労移行支援はゴミ」…
そんな記事がたくさんヒットします。
果たして障害を持つ方々は企業の戦力として活躍することはできないのでしょうか。
障がい者支援は本当に社会の害となってしまっているのでしょうか。
希望が持てるようなことはないのでしょうか。
私はそんな障がい者に罵声を浴びせて侮辱するような事件があっても、まだ希望を信じたいとも思っています。
だから、その功罪を知りたいのです。
書いていきたいこと
冒頭でも書きましたが、改めて私が見聞きした精神障がい者に対する厳しい現実や希望ある(実話をもとにした)エピソードを取り上げてご紹介し、そのエピソードについて、個人的に考察する場にしたいと思っています。
あなたが体験した人々に聞いてもらいたいエピソードがありましたら、ぜひこちらにお寄せください。
今の精神障がい者を取り巻く状況に生きづらさを感じている方に少しでも共感や希望を持っていただければ嬉しく思います。
そして、気楽にスキやコメント、フォローしてもらえたらとても嬉しいです。これからの励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
*1 国からの補助を受け、障害のある方や難病の方の就職・復職(リワーク)を支援するサービス
*2 全治とまでは言えないが、病状が治まっておだやかであること。
*3 就労移行支援の利用期間は最長2年間