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試行錯誤

教師という職種はマニュアル化が不可能な職種です。いかなるベテラン教師であっても、取り敢えずこうしてみる、それが駄目ならこうしてみるという、「試行錯誤」の毎日として過ごしている現実があります。つまり先輩教師たち自身が、経験を重ねることによってなんとなく、もっといえば試行錯誤の中で感覚的にスキルを身につけてきたが故に、その頭の中では、「これが正しい」と確信できるスキルはもちろん、「こうすればこうなる」という因果関係を旨とした明確なスキルとしても整理されていないのです。

新卒も中堅もベテランも、常に試行錯誤の毎日を送る。その試行錯誤の中で選択される手立ての有効率が経験の中で上がっていく、教師とはそういう職業です。新卒から中堅、中堅からベテランへと経験を重ねていくことによって、確かに手立てが「当たり」になる確率は大きくなっていきますが、どんなに力量が高い(と目される)ベテラン教師であっても決して「100%の当たり」を継続させることはできません。ときには「大穴」を開けることさえあります。つまり、新卒→中堅→ベテランと、一般的には「手立ての有効率」が上がっていきますが、それはあくまで相対的に言えることであって、「有効率100%」という教師は世の中に一人もいない、ということなのです。

しかも、そうした有効性の高いスキルがあったとして、そのスキルはすべての子どもに対して有効というわけではありません。子どもたちは一人ひとり別人格であり、さまざまな背景ももっています。「どの子にも通じるスキル」というものは、この世に一つもありません。教師が「有効率の高い(と目される)スキル」を、「経験」の中で、「試行錯誤」を通じて、「感覚的」に身につけていくのは、「教育」という営みにおけるこうした構造が招いているものなのです。教師の多くが、自らの頭の中で「有効性の高いスキル」を整理することができないのも、同じ理由によるものです。

「学級」という集団を動かそうというとき、それなりに「有効性の高い手立て」というものは確かにあります。しかし、どんなに確率の高いスキルだったとしても、せいぜい七割程度というのが私の実感です。七割程度の子どもたちに有効性なスキルと、六割程度の子どもたちに有効なスキル、四割程度に有効なスキル、二割程度の子どもたちにしか有効ではないスキル……。こうしたさまざまな有効率のスキルがある。しかし、ここで重要なのは、七割スキルが百種類あるとして、その七割スキル百種類だけを身につければ教師として力量を高められるかというと、決してそうとは言えないという事実です。

もちろん、七割スキルは多くの子どもたち、最大公約数的な子どもたちには通じるでしょう。七割スキルが通じなかった場合、次に六割スキルを繰り出してみる、それで多くの場合はうまく行く、読者の皆さんはそう考えるかもしれません。しかし、そうではないのです。ある子には七割スキルも六割スキルもまったく通じない。通じないどころか、悪影響を及ぼしてしまうことさえある。その子に通じるのは一割スキルにも満たない、5%スキルや3%スキルのみでしかない。そういう場合がいくらでもあるのです。しかもその5%スキルや3%スキルを学級に施すと、七割程度の子どもたちに悪影響を及ぼしてしまう。そんなことさえ少なくありません。つまり、どんなに力量の高い教師であっても、その子に、或いはその学級集団に対応してみないとどのスキルが有効なのかがわからない。それが教師の世界なのです。

前節でも話題にしましたが、最近の若手教師から「教えてもらえないからできない」という声をよく聞きます。これは裏を返せば、「教えてもらえればできるのに」という根拠のない自信をも意味しています。しかし、〈対人スキル〉というものはそんなに簡単なものではありません。

例えば、〈スキルA〉という七割スキルがあるとします。〈スキルA〉は「~の場合には~するとよい」という命題型スキルとして伝えられることになります。しかし、〈スキルA〉を学ぶということは、この命題型の一文を学ぶことに止まりません。「ただし、学級集団が教師のそのスキルAに慣れすぎてしまうと、スキルAを使わない教師の指導を理解できなくなり、他の教師に指導を受けた場合に軋轢を生じる可能性が高い」とか、「ただし、学級集団が成熟し、そのスキルに慣れた段階では、スキルAを少しずつ消していく必要がある。その段階の観点は~や~などが考えられる」とか、「ただし、スキルAが機能しないタイプの子どもたちがおり、代表的なのは~タイプ、~タイプである」とか、「ただし、スキルAには~の場合には逆効果になりかねないという難点があり、その場合には~」とか、数え上げればキリがないほどの膨大な但し書きがつくことになります。これらは「知識」ではなく、「生の子どもたち」による「生の現実」に対応しようとするわけですから、但し書きを書き出せば受験参考書や六法全書をも凌駕するほどの項目数になるはずです。

しかもたとえそれらを学んだとしても、実際に「生の現実」で学んだわけではありませんから、何かことが起きたときに即時対応ができるわけがありません。結局、試行錯誤しながら、ある程度の時間をかけて自分なりのスタイルを確立していくという方が、教師の力量形成の在り方としては現実的なのです。言うまでもないことですが、〈対人スキル〉というものは経験においてこそ最も身につくものですから。

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