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【世界の内部監査の潮流】第12回:AI時代の内部監査人の価値とは?

こんにちは、HIROです。私は現在、米国のシリコンバレーで「世界の内部監査のベストプラクティス」や「内部監査における生成AI活用」の研究とコンサルティングに取り組んでいます。このシリーズでは、日本の内部監査人が普段触れる機会の少ない「世界の内部監査」に関する最新情報を、迅速かつ分かりやすくお届けします。特に、アメリカの内部監査はその進化が日本より10年以上先を行くと言われており、非常に参考になるケースが多いと感じています。
今回は、以前紹介した「2024年の内部監査のトップ10ブログ記事」の中から、第10位のブログ記事をピックアップして、「AI時代において、内部監査人が“人間ならでは”の価値をどう高めていくか」についてお伝えしたいと思います。この記事を読むことで、生成AIが急速に普及するなかでも、内部監査の現場が担う独自の強みとは何か、そしてそれを活かすために必要なスキルセットについて理解することができます。


1. AI時代にこそ注目される内部監査人の強み

1.1. AIが“監査”を上回る日はそう遠くない?

いま世界中で話題の生成AIは、私たちが日常的に行っている文章作成や情報検索を大きく変えてきました。海外の監査カンファレンスで「AIはすぐに監査報告書を書くこともできるようになる」との声もあり、まさに「これまで人間が専門スキルを発揮していた仕事を置き換えてしまうのでは?」という懸念が浮上しています。

一方で、そんな“AI監査”が一般化していくと、私たち内部監査人は「これからどのように組織に貢献できるのか」という問いを突きつけられます。確かにAIは、大量のデータを素早く分析し、的確なアウトプットを生成する力に長けている。しかし、人間ならではの強みは別のところにあります。それこそが「クライアントの気持ちを汲み取り、意見の相違を上手に扱い、最終的に組織に価値をもたらす」能力ではないでしょうか。

1.2. 人間が「裁判官なし、弁護人なし」の世の中にNOと言う理由

想像してみてください。未来の“AI裁判所”では、裁判官も弁護人も陪審員も存在せず、ボタン一つで「有罪か無罪か」が一瞬で決定される——これは極端な例ですが、そんな世界は誰も望まないでしょう。私たちは他者からの思いやりや“耳を傾けてもらう”ことによって初めて納得や信頼感を得ます。AIは「プログラムされたタスクをこなす」存在ですが、人間は自由意志で動いている。だからこそ、私たちが何を言い、どう振る舞うのかによって相手の心を動かすことができるのです。

今後、AIが高度化して監査レポートを書くようになったとしても、最終的に「組織や経営陣が納得し、行動を変える」ためには、人間同士のコミュニケーションが不可欠です。まさに、その鍵となるのが「意見の相違を上手に扱う力」なのです。


2. 意見の対立を“怖がらない”監査が組織を動かす

2.1. 「意見の相違=新たな価値創造のチャンス」と考える

内部監査の現場では、担当者と被監査部門が同じ認識を持てず、意見の対立にストレスを感じることがよくあります。たとえば、「監査で検出したリスクが“本当に重要”なのか」「組織全体で同じ基準を適用しているのか」などについて意見が食い違うと、互いに感情的になりがちです。

しかし、AIがどれだけ“完璧”な分析をしても、人間の意見の対立はなくならないでしょう。なぜなら、経営者や担当者はそれぞれ異なる背景や業務現場での課題意識を持っているからです。もし「すべてに同意される内部監査」なら、それはただの“上っ面の確認”に過ぎないかもしれません。逆に言えば、意見の対立があるということは、「従来の考え方に新しい視点を加えられるチャンスが生まれている」とも捉えられます。

2.2. 「反論に対して証拠を固める」だけでは不十分

多くの監査人は、「クライアントが反対するなら、その根拠データをもっと強化しよう」と考えるかもしれません。もちろん、事実関係の正確性は内部監査にとって重要です。しかし、それだけでは意見の対立を建設的に乗り越えることは難しいことも多いのです。

たとえば、ある給与計算に関する監査で軽微な問題を発見して指摘したところ、「ほかの国ではこの程度の問題は重視されなかったのに、なぜここではそんなに厳密に扱うのか?」と担当者に疑問を呈されたケースを想像してみてください。単に「事実はこうだから」と押し通すのではなく、「なぜここは特別にリスクが高いと判断したのか」「過去の他国の例とどう違うのか」といった相手が抱く不満や疑問を丁寧に解きほぐす“対話”が鍵になります。


3. AI時代に欠かせない「意見の対立を活かすスキル」

3.1. ジョン・スチュアート・ミルの「認識的謙虚さ」が示す3つの指針

19世紀の哲学者ジョン・スチュアート・ミルが『自由論』で提唱した「認識的謙虚さ(epistemic humility)」は、私たち内部監査人が“意見の相違”を歓迎し、その先にある真実に近づくための重要な手がかりを与えてくれます。ミルは以下の3つの考え方を示しています。

  1. すべての人間の判断は誤りうる
    たとえ監査担当として自信がある指摘事項でも、思わぬ認識違いや見落としがあるかもしれません。相手の主張に耳を傾けることで、自分の思い込みを修正できる可能性があります。

  2. 相手の意見には部分的な真実が含まれていることが多い
    もし相手の見解に“完全に同意できない”としても、その中には価値ある情報や視点が含まれているかもしれません。たとえば、「リターン・オン・インベストメント(ROI)の観点が不足している」と指摘されれば、そのプロジェクトの優先度を見直す絶好の機会にもなります。

  3. 自由な議論は必要不可欠
    相手の意見を封じ込めてしまうのではなく、オープンに意見交換することで、より正確な認識やより優れたアイデアが生まれます。相手の批判や反論に感情的にならず、むしろ歓迎することで自分の思考をブラッシュアップするのです。

3.2. 「三つの知恵」で意見の衝突を価値へ転換する

認識的謙虚さを実践するためには、下記のような具体的行動を意識すると良いでしょう。

  • 自分の間違いを肯定する勇気を持つ
    「もし私が間違っていたらどうなるか?」という視点を常に持つ。エビデンスを確認するだけでなく、エビデンスの解釈が間違っている可能性にも心を開く。

  • 相手の真実を探す
    たとえ相手の意見に全面的には賛成できなくても、「どの点は的を射ているか?」を探し出す。誤りの中にも部分的な正しさが隠れているかもしれない。

  • 自由な議論の場を育む
    会議や打ち合わせの場で、反対意見や疑問を歓迎する姿勢を示す。質問を促し、相手が遠慮なく話せる雰囲気を作る。

こうした取り組みによって、内部監査で生じる意見の衝突が「対立」ではなく「価値を再定義する原動力」に変わる可能性が高まります。


4. AIが“監査”を変える時代に人間が不可欠な理由

4.1. AIと人間の“ハイブリッド”が最強の監査チームをつくる

AI時代に、内部監査人はどうあるべきか。結論としては、「AIが得意な領域(データ分析やレポート生成)を最大限活用しつつ、人間にしか担えない対話や利害調整、組織の合意形成をリードする」ことが理想です。なぜなら、最終的に組織のコンプライアンス強化やリスク低減は、経営陣や従業員の“行動変容”が伴わなければ実現しないからです。

AIが導き出した監査結果をどう活かすかは、やはり人間のコミュニケーション次第。もし監査報告に対して被監査部門が「納得いかない」と感じたなら、意見を交わし合い、共により良い解決策を探求するプロセスこそ、未来の内部監査の真骨頂ではないでしょうか。

4.2. 新時代の内部監査は“異論歓迎”のカルチャーで成果を上げる

先述のジョン・スチュアート・ミルの考え方を踏まえると、AIが監査業務を効率化していくほど、内部監査人は“異論歓迎”のカルチャーをリードする役割を求められます。いわば「AI+人間」の協働体制が進むことで、定型作業はAIに任せ、人間はクライアントとの対話に注力する。このとき、「相手が反発してきたらどうしよう」と恐れるのではなく、「反発や疑問があれば、それを建設的な議論に発展させよう」と考えるマインドが不可欠なのです。

そのためにも、監査担当者は「認識的謙虚さ」を身につけ、自分自身の視点だけでなく、相手の視点にも耳を傾ける姿勢を鍛える必要があります。それこそが、AI時代の「ヒューマンスキル」として、監査人の不可欠な価値を証明する鍵になるでしょう。


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(引用元:
Andy Kovacs, “Building a Better Auditor: What AI Can’t Do,” Internal Auditor, June 2024.
https://internalauditor.theiia.org/en/voices/2024/june/building-a-better-auditor-what-ai-cant-do/

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