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【世界一流の内部監査】第40回:Charter(内部監査基本規程)がもたらす変化とは?

こんにちは、HIROです。私は現在、米国のシリコンバレーで「世界の内部監査のベストプラクティス」や「内部監査における生成AI活用」の研究とコンサルティングに取り組んでいます。
このシリーズでは、日本の内部監査人が普段触れる機会の少ない「世界の内部監査」に関する最新情報を、迅速かつ分かりやすくお届けします。
特に、アメリカの内部監査はその進化が日本より10年以上先を行くと言われており、非常に参考になるケースが多いと感じています。
今回は、内部監査の根幹とも言える「Charter(内部監査基本規程)」に焦点を当てたいと思います。この記事を読むことで、監査委員会(Audit Committee)や監査役会が本当にCharterに関心を持っているのか、そして新しいIIAのグローバル基準がCharterに対してどのような変化をもたらすのかを理解することができます。


1. 監査委員会は内部監査のCharterに興味があるのか?

1.1. そもそもCharterとは何か?

内部監査部門が持つべき基本規程――通称「Charter」は、企業内において内部監査がどのように位置づけられ、どんな責任や権限を有しているのかを明文化した重要文書です。たとえば、内部監査がどの部署と連携するのか、CEOやCFOとの関係はどう構築されるのか、どのような範囲と深度で監査を行うのかが明確に示されます。
ここで肝心なのは、CharterはIIA(内部監査人協会)の国際基準によって、内部監査部門が「必ず持つべき」ものとされていることです。これまでのIIA基準でもCharterは明記されていましたが、2025年1月に完全施行された新しいグローバル基準(Global Internal Audit Standards)ではさらに厳格な要件が加わり、内部監査の目的や報告ライン、サービス範囲について明確に文章化することが求められています。

1.2. Audit Committeeの意識調査:興味を持っていない?

リチャード・チェンバース氏(元IIA会長)の最近のLinkedIn調査によると、「監査委員会が内部監査Charterをどのように扱っているか?」という質問に対し、約25%近くの委員会がCharterの存在を“気にしていない”、あるいは“ほとんど意識していない”という結果が出ています。
さらに、他の約25%程度はCharterの存在を知ってはいるものの、年次レビューや更新には無関心であるようです。つまり、きちんとCharterを認識し、年次ベースでレビューしているAudit Committeeは全体の半分程度しかいないということになります。
これは内部監査の側からすれば、少々ショッキングな事実かもしれません。なぜなら、Charterは内部監査の独立性や役割を守る重要な文書であり、本来であればAudit Committeeこそが積極的に関与して然るべきだからです。


2. 新IIA基準がCharterに与える影響

2.1. Standard 6.2のポイント

新しいIIAのグローバル基準では、特に「Standard 6.2 Internal Audit Charter」で大きな変更点が示されています。このスタンダードは、「内部監査Charterに何を盛り込むべきか」を詳細に規定しており、そこには以下のような要素が含まれます。

  1. 内部監査の目的
    新基準では、内部監査が企業の価値創造や保護、持続に寄与するという“Purpose”を明確に書き込むことが推奨されています。

  2. 基準遵守のコミットメント
    監査部門がIIAの国際基準を順守するという姿勢をCharterに明示する。

  3. サービスの範囲や種類(Mandate)の明示
    監査が提供するアシュアランス(保証業務)、アドバイザリー(助言業務)、インサイト(洞察)など、具体的にどのような活動を行うかを記載する。

  4. 報告ラインの明確化
    CAE(内部監査責任者)が誰に報告し、どのようなステークホルダーと連携するかを特定する。

要するに、Charterは単なる形骸化した文書ではなく、内部監査が実際にどのような価値を提供し、どのように組織と連携するのかを明文化する設計図となります。

2.2. 経営層やAudit Committeeとの衝突の可能性?

こうした新基準を受けてCharterを改訂しようとすると、経営層(特にCEOやCFO)やAudit Committeeとの間で「どこまで内部監査の権限を広げるのか」「どの範囲まで監査の手を伸ばすのか」といった議論が生じる可能性があります。
リチャード・チェンバース氏によると、多くの企業で内部監査の役割は「何か問題が起きないようにしてほしい」という曖昧な期待にとどまっており、具体的にどこまでが管轄範囲なのかを深く考えたことがない場合が多いようです。新しいCharterを策定すると、従来あまり関与してこなかった領域に足を踏み入れる可能性もあり、これが経営陣やAudit Committeeとの調整を必要とする要因となります。


3. 日本の内部監査人ができること:Charterを武器にするには

3.1. Audit Committeeの“無関心”を逆手に取る

日本企業でも、Audit Committee(監査委員会)がある程度形式的に存在するケースは増えていますが、その実、内部監査Charterに深くコミットしていないケースも多いでしょう。
しかし、逆に言えば、内部監査部門から「この機会にCharterを再点検し、改訂したい」と提案することで、Audit Committeeのメンバーを巻き込み、内部監査の役割や方針を再定義するチャンスになります。
例えば、次のようなステップが考えられます。

  1. 現状のCharterを丁寧に説明する
    いまのCharterがどうなっていて、どの部分が時代に合わなくなっているのかをAudit Committeeにわかりやすく示す。

  2. 新しいIIA基準で変わる点を強調する
    具体的にStandard 6.2が要求する項目をリスト化し、「我々はここをこう変えなければならない」と提示する。

  3. 経営層との合意形成
    特に報告ラインやMandateにおいて、経営陣と協議が必要になる場合がある。事前にCFOやCEOと話し合い、Audit Committeeにパッケージとして提案するのが望ましい。

3.2. Charterの価値をわかりやすく示す方法

Audit Committeeの興味を引きつけるには、「このCharterがあることで具体的に何が得られるのか」を明確にする必要があります。

  • 独立性の担保: 経営陣からの圧力に左右されず、公平かつ客観的に監査を行うには、Charterに記載された権限が必要。

  • ステークホルダーへの説明責任: 例えば、株主や規制当局から監査の独立性や妥当性を問われた際、「こういうCharterの下で運営しています」と示せれば説得力が増す。

  • リスクアプローチの明確化: 内部監査がどのようにリスクを評価し、優先順位をつけるのかをCharterに盛り込むことで、Audit Committeeがリスクマネジメント全体を把握しやすくなる。

これらのメリットを具体的な事例や数字で示せば、Audit Committeeも「Charterの更新は必要だし、内容をしっかり理解しておこう」と前向きな姿勢になりやすいでしょう。


4. 今後の取り組み:Charterを機能させるために

4.1. 定期的な見直しと対話の促進

リチャード・チェンバース氏は、新IIA基準によりCharterが強化される一方、「どれほどのAudit Committeeが実際に気にかけるのか?」という懸念を表明しています。実際、年に一度すら見直さないAudit Committeeが25%あるという調査結果は、見逃せない現実です。
これを変えるには、内部監査側から積極的に対話の場を設け、「毎年Charterのアップデートを行いましょう」というイニシアチブを取る必要があります。例えば、年次監査計画の承認プロセスと同時にCharterの見直しを行う仕組みを作れば、自然と監査委員会の関心を引き、Charterが時代遅れにならずに済むでしょう。

4.2. 日本企業にとってのメリット:グローバル水準への対応

Charterを整備し、新基準に適合することは、海外投資家やグローバル展開を図る日本企業にとって大きな強みとなります。近年はESG投資やガバナンス重視の機運が高まっており、国際的な監査基準に準拠していることは、企業価値を高めるうえでも重要な要素です。
さらに、Charterを通じて内部監査の独立性や役割を明確化することは、企業内のコンプライアンスやリスク管理のレベルアップにも直結します。Audit Committeeとの連携が強まることで、経営陣の意思決定もよりリスクを織り込んだものになり、最終的にビジネスの安定性と成長に寄与する可能性が高まるでしょう。

4.3. CAEのリーダーシップが問われる

最後に指摘しておきたいのは、Audit CommitteeがCharterを理解していない責任の一端はCAE(Chief Audit Executive)側にもあるという事実です。チェンバース氏も述べているように、「Audit Committeeに自分たちの役割をしっかり理解してもらう努力を怠ってはならない」のです。
「Audit Committeeは忙しいから…」などと言い訳をしていると、結局は内部監査の独立性や価値がうやむやになりがちです。CAEはCharterの意義をアピールし、必要があればドラフトをわかりやすい資料にまとめたり、短いプレゼンテーションを用意したりして、委員会とのコミュニケーションを強化する努力を惜しまないことが重要になります。


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それでは、次回の記事でお会いしましょう!


引用元:
Richard Chambers, “What’s in Your Charter, and Does the Audit Committee Even Care?” (February 2, 2025)
https://www.richardchambers.com/whats-in-your-charter-and-does-the-audit-committee-even-care/

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