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【世界の内部監査の潮流】第18回:監査役会を欺く巧妙な手口とその対策とは?
こんにちは、HIROです。私は現在、米国のシリコンバレーで「世界の内部監査のベストプラクティス」や「内部監査における生成AI活用」の研究とコンサルティングに取り組んでいます。このシリーズでは、日本の内部監査人が普段触れる機会の少ない「世界の内部監査」に関する最新情報を、迅速かつ分かりやすくお届けします。特に、アメリカの内部監査はその進化が日本より10年以上先を行くと言われており、非常に参考になるケースが多いと感じています。
今回は、私が尊敬している元内部監査人協会(IIA)の会長兼 CEOのRichard Chambers氏のブログ記事の内、2024年第6位のものをピックアップして、「監査役会(Audit Committee)を欺く“巧妙な手口”と、その対策」についてお伝えしたいと思います。この記事を読むことで、「内部監査がどのように監査役会への情報開示を担保すべきか」「どんな心理や社内事情が“情報隠し”につながっているのか」について理解することができます。
1. 監査役会を欺く手口と、その舞台裏
1.1. “コミッション(行為による欺き)”と“オミッション(隠蔽による欺き)”
世界的に有名な不正会計事件となったWorldComでは、元内部監査責任者(CAE)のCynthia Cooper氏が総額38億ドルを超える巨額不正の存在を監査役会に報告しました。当初は経営幹部が「これは正しい会計処理だ」と言い張り、長文の“ホワイトペーパー”まで提示して監査役会を誤導しようとしました。しかし、最終的には監査役会が事態を看過せず、“ブラック”な不正を見破りました。
こうした例は「コミッション(明白な嘘や不正行為を行うことで監査役会を欺く行為)」の代表例です。ところが、内部監査の世界ではむしろ「オミッション(重要な事実をあえて隠す、または伝えないことで監査役会を欺く)」の方がはるかに多いと指摘されています。
リチャード・チェンバース氏の調査によると、監査役会へ意図的に開示されない情報としては、たとえば以下のような事例があります。
社員満足度調査の結果(企業文化のリスクを示唆する可能性が高い)
経営幹部の不正やハラスメントに関する内部通報
まだ顕在化していないが重大なダメージを及ぼしかねない新興リスク
管理可能と“思われている”内部統制の不備
見込みが低い、あるいは現在訴訟中である潜在的な法的リスク
大手ベンダーの信頼性やコンプライアンス問題(経営陣への評価に影響する)
“さほど重要ではない”と判断された小さな会計調整や経理上の再分類
ハイリスクなM&Aや海外進出計画に関するリスク
これらはすべて「まだリスクが確定していないから」「監査役会を無用に混乱させたくないから」「余計な疑念を生んでしまうかもしれないから」などの理由で、経営陣が“正確に伝えない選択”をしてしまうケースです。これは組織にとって大きなリスクをはらんでいます。
1.2. CAEが声を上げられない“組織のジレンマ”
読者の方も「ならばCAEが率先して監査役会に報告すればいいのでは?」と感じるかもしれません。しかし、現実には「CEOやCFOの許可を得ずに監査役会へ直接情報を流すのはタブー」という組織文化が根強い企業も多いのです。
なかには、「CAEはCEOやCFOから“情報は監査報告書に書いている範囲内だけ伝えればいい”と言われている」「次のポジションを社内異動で狙っているCAEsが、役員に逆らうことを恐れている」などの生々しい声も紹介されています。とりわけローテーションでCAEを務める人材は、自分が再び事業部門に戻ったときのことを考えると、積極的に“高リスク案件”を暴き立てるのに抵抗を覚える――という事情もあるようです。
私自身、海外の監査現場を支援する中で、「異動が確実視されているCAEの姿勢が急に弱気になった」というケースを見かけました。後々話を聞くと、「直属の上司(CFO)に睨まれたら自分のキャリアが終わるので、少なくとも監査役会に直接言うのは避けたかった」というのです。
このように、社内政治の力学が働き、監査役会が知るべき情報がこぼれ落ちる事態は珍しくありません。
2. 日本の内部監査人が知っておくべき“情報隠蔽”の実態と対処策
2.1. “遠慮”が監査役会との距離を生む
日本企業でも「経営陣と監査役会の連携が弱い」という課題が指摘されて久しいですが、そこには“遠慮”という文化的な要素が絡むこともあります。海外の事例ほど派手な不正や告発がなくても、「監査役会がどこまで知りたいのか分からないから、ぎりぎりまで説明しない」という消極姿勢が背景にあるのです。
たとえば、内部通報制度で受けた情報が真偽不明の段階だと、「こんな不確かな情報を監査役会に伝えたら混乱を招くだけ」という認識で“沈黙”を選ぶケース。あるいは、従業員満足度の低下がリスクに直結しているか判断がつかず、「そこまで大きな問題にならないのでは」と結論づけてしまうことがあるでしょう。しかし、“まだ問題化していない=リスクがない”わけでは決してありません。
2.2. “気づかい”が結果的に企業価値を損ねる
実際に海外の大手企業では、「トップマネジメントが取締役会や監査役会に不利な情報を伝えず、最終的に大きな不祥事に発展した」というニュースが報じられます。それは“最初から確信犯的に隠していた”場合もあれば、“小さな問題だからと判断を誤った”場合もあります。
日本においても、経営トップから“深読み禁止”の方針が下りると、現場はそれに従わざるを得ず、結果的に「大事なことを後出しで知った監査役会が激怒」――という話は残念ながらあり得るシナリオです。ここで認識すべきは、“気をまわしたつもり”が、むしろ経営リスクを拡大させる場合があるということ。監査役会のメンバーは、企業の最終防衛ラインとして情報を必要としているわけですから、過度に“遠慮”してはいけません。
2.3. 日本の監査役会ができる具体的アクション
リチャード・チェンバース氏は「監査役会は、知る権利を確実に行使するために、積極的かつ構造的なアプローチをとるべき」と指摘しています。具体的な対策として、以下が挙げられます。
完全情報開示を明確に要求する
監査役会からCEOやCAE、CFOへ向けて「重要なリスクはすべて共有する義務がある」と釘を刺す。そして、どんな“軽微”な不正やリスクでも、特に疑いがあれば必ず報告してもらう体制を整える。CAEとの直接対話の機会を確保する
監査役会は定期的にCAEと“経営陣抜き”でミーティングを行うことで、“間にフィルターの入らない情報”を得ることができる。これは日本企業でも徐々に採用が進んでおり、実効性の高い仕組みの一つ。他の部門責任者からの直接ヒアリング
たとえば法務部長やリスク管理責任者、人事責任者などからも定期的にレポートを受ける。経営陣のアレンジを介さず、監査役会が主導的にアジェンダを設定すれば、隠れた課題を炙り出しやすい。懐疑の念を持って質問をする
経営陣やCAEの説明を鵜呑みにせず、「それは本当に完全な情報か?」「仮に異なるシナリオが起きたらどうなるか?」などを積極的に問いただす。あえて突っ込んだ質問をすることで、“重要事実の omission”を防ぐ。
3. 日本の内部監査人が実践すべき姿勢と心構え
3.1. CAEは「監査役会のために働く」意識を明確化する
日本の企業文化では、CEOやCFOからの評価が出世に大きく影響する――という現実があります。しかし、内部監査の立場は、本来“経営陣”ではなく“監査役会(あるいは取締役会)”にレポートラインを持つものです。ここを曖昧にすると、自分たちの存在意義が薄れてしまうばかりか、情報隠蔽に加担するリスクさえあります。
たとえば、勇気あるCAEの例として、CFOに「これを監査役会に言うな」と指示されたときに「それはできない。私の直接の上司は監査役会だ」という姿勢を示すことで、組織内に“監査独立性”への強いメッセージを発信したケースがあります。経営陣からの圧力はあるかもしれませんが、それを乗り越えられるような社内ルールやガバナンス体制を整備するのが理想でしょう。
3.2. “委縮”を乗り越えるための工夫
先述のように、CAEが社内異動を前提としている場合、どうしても遠慮しがちになるシーンが多いです。これを防ぐには、組織として下記のような方策を考える必要があります。
内部監査のキャリアパスを多様化:内部監査のエキスパートとして専門性を極めるルートを設け、社内異動一択にしない。
“告知義務”を規程化:重要リスクや違反行為を知った場合、CAEは監査役会に直接報告しなければならないと明文化し、経営陣の同意が不要な仕組みにする。
“フォローアップ”のルーティン:監査報告後、監査役会が十分に状況を把握しているかをCAEが直接確認するステップを導入する。
これらを実施すれば、CAEが「言わないリスク」と「言うリスク」を秤にかけたとき、“言わないリスク”の方が大きいと考えられるような心理的安全性を高められます。
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本記事の引用元:
Richard Chambers, “The Art of Deceiving an Audit Committee,”
https://www.richardchambers.com/the-art-of-deceiving-an-audit-committee/