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【世界の内部監査の潮流】第6回:2024年トップ10ブログ(第5位:人間中心の内部監査とは?)

こんにちは、HIROです。私は現在、米国のシリコンバレーで「世界の内部監査のベストプラクティス」や「内部監査における生成AI活用」の研究とコンサルティングに取り組んでいます。このシリーズでは、日本の内部監査人が普段触れる機会の少ない「世界の内部監査」に関する最新情報を、迅速かつ分かりやすくお届けします。特に、アメリカの内部監査はその進化が日本より10年以上先を行くと言われており、非常に参考になるケースが多いと感じています。
今回は、以前紹介した「2024年の内部監査のトップ10ブログ記事」の中から、第5位のブログ記事をピックアップして、「人間中心の内部監査(Human-centric Auditing)」についてお伝えしたいと思います。この記事を読むことで、人間中心の内部監査がどのような背景で生まれ、組織内でどのように実践され、そして日本の内部監査人がどのように活かせるかを理解することができます。



1. 世界で進む「人間中心の内部監査」とは何か

1.1. 人間中心の内部監査が注目される背景

「内部監査」と聞くと、伝統的には財務諸表やコンプライアンス遵守を確認する“チェック機能”のイメージが強いかもしれません。しかしながら、近年のグローバル企業やIT企業では、内部監査部門がビジネス全体のリスクを包括的に捉えながら、組織文化や従業員の行動特性、業務プロセスの変化にまで深く関わる事例が増えています。そこで生まれたのが「人間中心の内部監査(Human-centric Auditing)」という考え方です。

人間中心の内部監査が注目される背景には、企業や組織を動かしているのは最終的に“人”であるという認識が高まったことがあります。IT自動化やデジタルトランスフォーメーションが進む一方で、それらを設計・運用し、最終的に意思決定を行うのはやはり人間です。したがって、どれだけ高度なシステムを導入しても、そこに働く人のモチベーションやコミュニケーションの質、心理的安全性が保たれていなければ、組織のパフォーマンスやリスクマネジメントには限界があるのです。

1.2. 人間中心のアプローチがもたらす変化

人間中心の内部監査を実践すると、単なるルール遵守や証拠収集だけでなく、被監査部署との対話や相互理解が深まります。たとえば、監査担当者が「この部署はなぜ証拠提出が遅れるのだろう?」というビジネス的な観点だけでなく、「社員が働きすぎて手が回っていないのではないか?」「提出プロセスが複雑すぎるのではないか?」といった人間的な観点にも目を向けることで、より有益な改善策を一緒に考えられるようになります。

さらに、被監査者側も監査を“責められる行為”ではなく、“サポートを受ける行為”としてとらえやすくなります。結果的に、指摘事項をすばやく修正しようという意識が生まれ、監査側と被監査部署が協力して業務効率や内部統制の質を高め合う、ポジティブな循環が生まれるわけです。


2. 日本の内部監査人が実践できる「人間中心の監査」ステップ

2.1. 具体的な実践ステップと私の経験談

私がシリコンバレーでみた企業の内部監査では、「人間に寄り添う姿勢」を前提としたいくつかの実践ステップがよく取り入れられています。いずれも日本の内部監査においても十分応用が可能なので、ここでは私自身の体験とあわせてご紹介します。

  1. まずは共感(Empathy)を優先する
    監査を始める前に、被監査チームの“痛み”や“課題”を把握するヒアリングの場を設けるのは有効です。たとえば、ある企業では「四半期末の業務量が増大し、内部監査対応が後回しになりがち」という声があがりました。そこで、監査の時期を業務ピークと重ならないよう調整し、可能な限り負担を軽減したところ、協力態勢が整いやすくなり、最終的に効率と精度の両方が向上しました。

  2. 被監査部署との共同プロセス設計
    単に監査手順書を押し付けるのではなく、「どうすればお互いにやりやすいか」を共に考えるのが重要です。ある企業では、証拠書類の提出が度々遅れる問題が起きていました。そこで、書類提出プロセスを可視化し、リマインダーを自動化するシステムを共同で導入したところ、提出率が大きく向上し、監査側と被監査者側のストレスがともに軽減されたのです。

  3. 対話を重ねて信頼関係を築く
    「監査は管理部門の仕事だから、いちいち現場の担当者と会わなくてもいい」と考えるのは、これからの時代にはそぐわないでしょう。私自身、事業会社で監査部門長をしていた時には、各部署のミーティングや進捗報告の場に“オブザーバー”として参加させてもらうことで、部署の雰囲気や実際の課題を肌で感じ取るようにしていました。単なるメールベースのやり取りでは見えない人間関係や現場のモチベーションを知ることで、より的確なリスク評価と提案ができるようになります。

2.2. 実践がもたらすメリットとポイント

人間中心のアプローチを取り入れると、「監査は怖いもの」「ミスを探し出すもの」という先入観が崩れ、むしろ「問題解決のパートナー」「業務改善のアドバイザー」として認識されることが増えます。それによって得られるメリットや実践ポイントとしては、以下のような点が挙げられます。

  • トラスト(Trust)が高まる
    被監査側は「自分たちの状況を理解してくれている」という安心感を持つため、自発的に情報を提供してくれるようになります。これにより、監査過程での抵抗感が減り、潜在的なリスク発見や早期対応が進むのです。

  • イノベーションや主体的な改善が起こりやすくなる
    共感や対話をベースにした関係性があるからこそ、従業員からも「こういうことを試してみたい」という意見が出てきやすくなります。たとえば先ほどの証拠提出システムの導入も、被監査側から「もっと効率の良いやり方はないか?」という相談がきっかけでした。

  • 「上から下」という構図を解消できる
    どうしても監査は企業内で“権限を持つ立場”と見られがちですが、人間中心のアプローチを取ることで、部署間の上下関係から“対等なパートナー関係”に近づけることができます。この姿勢が、最終的には監査報告の受容性を高め、組織全体のガバナンス強化に貢献します。


3. さらなるステップ: 共感・協働・透明性を高めるヒント

3.1. 共感(Empathy)を育むために

人間中心の内部監査の土台は、やはり“共感”にあります。監査担当者が専門用語ばかり並べてしまうと、被監査者は「話しかけにくい」「意見を言いにくい」と感じるかもしれません。そこで、私が意識しているのは、まず相手の業務や悩みを“雑談レベル”でもいいので聞き取ること。必要であれば、経理の忙しい時期やIT部門のリリースタイミングを一緒に調べて、話題に織り交ぜながら聞き役に徹します。相手が自分のことを理解してくれていると感じれば、自然と監査の話題にも入りやすくなるのです。

3.2. 協働(Collaboration)の場を作る

多くの監査担当者は「チェックリスト」や「監査プログラム」をベースに動いていますが、そこに柔軟な協働要素を加えてみると、新しい発見が生まれることがあります。たとえば、監査結果をまとめる段階で、被監査チームを招いた「ワークショップ形式」のレビュー会を行う方法があります。課題の“原因”を一緒に追究し、“どんな対策が有効か”を一緒に考えるのです。そうすると、単なる報告書のやり取りに比べて、従業員が主体的に取り組む改善策が出やすく、しかも実施率が高まります。


4. 日本で活かす「人間中心監査」の可能性

4.1. 文化的背景への対応とポイント

日本の場合、組織文化として「失敗を極度に恐れる」「上司を立てる」「上下関係を重んじる」という特徴があるため、監査での指摘を非常に重く受け止める職場も多く存在します。しかし、人間中心のアプローチを導入することで、そうした文化を尊重しながらも、必要以上にネガティブに捉えられないようにする工夫が可能です。たとえば、指摘事項を出す前にまず「こうした素晴らしい取り組みがある」というポジティブな面を認め、さらに「ここをこう工夫するともっと良くなるはず」という提案型でコミュニケーションをするだけでも、当事者の心理的な抵抗感が大きく変わります。

4.2. 人間中心監査と日本の内部監査人への期待

日本の内部監査は、従来の業務監査やコンプライアンス監査から一歩踏み出し、経営陣からの信頼を得ながらビジネス全体のパフォーマンスを高める役割が期待されています。そのなかで、「人間中心の内部監査」は経営陣や現場との“懸け橋”として機能する可能性を大いに秘めています。共感や協働の姿勢を通じて、人・プロセス・リスクが複雑に絡み合う現場を理解し、適切な助言や改善支援を行うことこそが、これからの内部監査人に求められる真の付加価値だと感じます。


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(引用元:
Dina Lam, “Building a Better Auditor: Human-centric Auditing,” Internal Auditor, April 2024.
https://internalauditor.theiia.org/en/voices/2024/april/building-a-better-auditor-human-centric-auditing/

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