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【世界一流の内部監査】第39回:内部監査の本当のコストとは?

こんにちは、HIROです。私は現在、米国のシリコンバレーで「世界の内部監査のベストプラクティス」や「内部監査における生成AI活用」の研究とコンサルティングに取り組んでいます。
このシリーズでは、日本の内部監査人が普段触れる機会の少ない「世界の内部監査」に関する最新情報を、迅速かつ分かりやすくお届けします。
特に、アメリカの内部監査はその進化が日本より10年以上先を行くと言われており、非常に参考になるケースが多いと感じています。
今回は、「内部監査のコスト」に関する話題を取り上げたいと思います。この記事を読むことで、内部監査の真の費用を正しく把握し、その価値を経営層やステークホルダーにどのように示せばいいのかについて理解することができます。


1. 内部監査のコストはなぜ“秘密”になりがちなのか?

1.1. 目に見えにくい「スタッフの投入時間」

内部監査のコストは、表面上は監査部門の人件費やツール代で把握しているつもりでも、実際には「スタッフが費やす時間」の総量が大きく影響します。たとえば最近のLinkedInの簡易調査では、ひとつの監査案件に300時間から750時間ほどかかるケースが最も多いと指摘されています。これはスタッフの規模や監査の複雑性によって変動しますが、多くの監査部門で合計800時間を超えることもしばしば。
こうした実情がありながらも、なぜ内部監査のコストが“よく守られた秘密”として扱われがちなのでしょうか? ひとつには、内部監査が「コストセンター(利益を直接生まない部門)」と見なされることが多く、コストを詳細に開示してしまうと、経営層から“ムダ遣い”と批判されるリスクがあるという考え方があります。もうひとつは、監査部門自体がコスト計算に対してあまり意識が高くない、あるいは数値化に慣れていないということも考えられます。

1.2. “仕事が長引く”ことへの見えない懸念

コストを考慮しないまま監査を進めると、監査範囲の設定や作業手順が不明瞭になり、結果として案件がダラダラと長引いてしまうリスクがあります。内部監査人はリスクを見落とさないよう丁寧に作業したいと思う一方、監査先の部門や経営層は「どこまで時間をかけるのか」「その対価としてどれだけの価値があるのか」を気にしています。
実際、あまりにも時間がかかった挙句に、「発見事項がさほど価値の高くないものだった」という事態が起これば、監査部門への信頼低下につながる恐れがあります。そうした状況を防ぐには、コストとリスクのバランスを的確に取りながら、監査の質と効率の両立を図る必要があるのです。


2. 真の監査コストをどう計算するか?

2.1. リチャード・チェンバース氏が提案する4ステップ

米国の内部監査界の重鎮リチャード・チェンバース氏が、過去に大規模監査部門を率いた際、その「内部監査コストの計算方法」を以下のように整理しました。これは現在でも十分に参考にできるアプローチです。

  1. 年間予算(全ての間接費込み)を算出
    監査部門の人件費だけでなく、間接費やオフィス維持費など、監査に必要なすべての経費を合計する。

  2. 監査対応可能な純粋な「監査時間」を把握
    1人あたり年間1,440時間(休暇やミーティングなどを除いた実働時間)を基準に、監査スタッフが実際に監査業務へ充てられる時間を合計する。管理職やアドミン担当の時間も、直接監査に携わる比率に応じて算入する。

  3. 1時間当たりの監査コストを導出
    上記1と2の結果を用いて、年間予算総額を「監査時間総数」で割る。これにより、1時間あたりの“監査コスト”が求められる。

  4. 各監査案件の所要時間と掛け合わせる
    ひとつの監査案件に費やした時間に(3)の数字を掛け合わせると、個々の監査案件の推定コストが算出される。コンサル的なアドバイザリー業務にも応用が可能。

チェンバース氏は、この方法で算出したコストを見て「実にショッキングだった」と述べています。ある部門では1件あたり6000万円相当のコストがかかっている試算が出たこともあったそうです。その数字を経営層やステークホルダーに開示することは一種の“両刃の剣”ですが、コストと価値の議論を避けては監査の進化は望めません。

2.2. 「隠しコスト」の存在

上記の計算はあくまで、監査部門の視点から見た人件費ベースの概算です。しかし、実際には監査先の部門が監査対応に割く時間や、監査範囲が拡大することによる他部署への影響など、「監査による協力依頼コスト」も存在します。これらまで含めると、実際のコストはさらに大きくなる可能性があります。
これらの隠れたコストを認識せずに漫然と監査を進めると、監査先との軋轢や不満が蓄積し、「監査=迷惑をかけるだけ」というイメージが固定化されかねません。内部監査部門としては、全社的なコスト意識を持ち、それが結果的にどのような価値をもたらしているのかを可視化する努力が求められます。


3. コスト以上の価値をどう提供するか?

3.1. 高コストでも妥当な監査とは?

もちろん、コストが高い監査が即“無駄”というわけではありません。例えば、

  • 大規模な不正や違法行為を発見し、企業を大損失から救った

  • 経営に決定的な影響を及ぼすリスクを洗い出し、早期に対策を打てた

  • エンドレスに続いていた非効率な業務プロセスを大幅に改革できた

といった成果が得られる場合、その投資価値は大いにあります。特に、ペナルティや訴訟リスクがある違反行為を見つけた監査なら、その意義は一気に高まります。
問題は、監査の焦点が曖昧で、発見事項が“ピント外れ”だったり、経営層にとってたいして重要でない指摘に終始しているケースです。そうした監査に何千万円、何万ドルもかかっていれば、ステークホルダーの不信感が高まるのも無理はありません。

3.2. リスクに合わせた監査規模の調整

コストとリスクのバランスを考える上で、内部監査部門が押さえるべきポイントとしては、

  • 監査対象の優先順位付け: 全案件をフルスコープでやるのではなく、リスク評価に基づいて重点領域を絞り込む。

  • モジュール化・アジャイル化: 監査プロセスを細分化し、定期的なモジュールでリスクを検証しながら、一挙に大量の工数を投入するアプローチを避ける。

  • テクノロジー活用で省力化: データ分析ツールやAIを使ってサンプル抽出や検証を自動化することで、投入時間を大幅に削減できる場合がある。

ここで気をつけたいのは、「とりあえず全部やる」精神が強いあまり、曖昧に網羅するだけで終わるのではなく、“真にリスクが高い”部分にこそコストを割り当てるということです。


4. 日本の内部監査人への示唆

4.1. 自社の“コストの実態”をまず把握する

日本の監査部門でも、チェンバース氏の4ステップはすぐに応用できます。部門全体の年間予算と実働時間を整理し、1時間当たりの単価を算出してみるだけでも、「我々は1件あたりどのくらいのコストをかけているのか」が見えてくるでしょう。
ただし、これはあくまでスタート地点です。その数字を踏まえて、「なぜそこまでコストがかかっているのか?」「削減できる部分はないのか?」「リスク評価とコストの見合いはどうか?」といった問いを掘り下げていくことが肝要です。

4.2. コストを隠すより、成果をわかりやすく可視化する

多くのCAEs(Chief Audit Executive)が怖れるのは、「コストを公表したら、経営層から『こんなにかかるの?』とバッシングされるのではないか」という点でしょう。しかし、コストを隠蔽していても、後から発覚すれば信頼を失う結果にしかなりません。
それよりも、コストと成果をセットで伝える方が得策です。

  • コストの根拠(人員配置やスキルレベルなど)

  • 監査によって回避できたリスクや期待される経済価値

  • 将来的なコストダウン策(デジタルツール導入、リモート監査拡充など)

これらを明確に示すことで、「コストはかかるが、それに見合う効果がある」という理解を得やすくなります。また、監査部門自身も問題箇所を可視化することで、自己改革につなげるきっかけとなるでしょう。

4.3. “かかるコストを意識する”ことが内部監査の進化を促す

内部監査は時として「厳格だけど非効率」だと言われることがあります。コストがどうなっているか意識せずに、大量のチェックリストや膨大なサンプリングをする監査を続けていれば、そう見られても仕方ありません。
しかし、コスト意識がある監査は「どうすれば最小の工数で最大のリスクを抑えられるか」という発想に自然と向かいます。そこからイノベーションが生まれ、さらなる価値を創出することが可能になります。DXの潮流が加速するなか、内部監査もまた“Lean Thinking(リーン思考)”を取り入れ、コストと品質の最適解を目指すことが求められています。


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それでは、次回の記事でお会いしましょう!


引用元:
Richard Chambers, “The True Cost of an Internal Audit is Often a Well-kept Secret” (January 28, 2025)
https://www.richardchambers.com/the-true-cost-of-an-internal-audit-is-often-a-well-kept-secret/

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