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【AI×IAシリーズ - リスク・ガバナンス編】第6回:セキュリティ・プライバシー対策実務ガイド

こんにちは、HIROです。私は現在シリコンバレーで「内部監査における生成AI活用」について研究・コンサルティングを行っています。前回の記事では、生成AIの活用に伴う新たなリスク(ハルシネーション、モデルバイアス、データ漏えいなど)などをご紹介しました。
今回は、より実務的な「セキュリティ・プライバシー対策実務ガイド」に踏み込みます。具体的な事例や現場での体験談を交えながら、社内向けのルール整備や技術的対策、ベンダー選定時のチェックポイント等について解説します。私自身、クライアント企業の内部監査機能立ち上げや高度化支援を行う中で、こうしたガイドライン策定やツール評価、アクセス管理強化などを何度も支援してきました。そのリアルなノウハウをお伝えします。



1.「生成AI利用ガイドライン」を策定して基準を明確に設定する

1.1. どんなデータを生成AIで利用可能にするか

ある大手製造業クライアントでは、社長の大号令により全社的に生成AIの活用を開始ました。内部監査部門においては、海外子会社の監査準備にあたり、生成AIを活用し議事録や内部規程類を要約させていました。しかし、担当者の一人がまだ社外非公開の財務報告ドラフトや顧客リストをAIに投入する寸前になり、情報セキュリティ部門から即座に「NO」と釘を刺される事態になりました。生成AIを活用する際に、「ここまではOK」「これはNG」といったルールがなかったために、担当者が判断に迷っていたのです。

そこで、機密情報を「層」に分けるポリシーを導入しました。たとえば:

  • レベル1(公開情報):プレスリリース済み資料、公式ウェブサイト掲載情報、等

  • レベル2(社内公知情報):社内規程類、標準業務手続書、等

  • レベル3(機密情報):顧客データ、個人情報、財務諸表ドラフト、未公開戦略資料、等

この階層化により、レベル3は絶対投入禁止、レベル2以下は一定の条件下で許可など、誰でも明快な判断が可能となります。結果、監査部門は生成AIを安心して利用できるようになりました。

1.2. マスキングや匿名化の活用

財務資料や人事関連文書など、個人名や取引先名が含まれるケースではどうするか?
私が支援したあるITサービス企業では、「個人情報マスキングツール」を活用し、AIに与える前に個人名をイニシャル化、顧客名を「顧客A」「顧客B」と匿名ラベル化していました。これにより、万が一外部に情報が漏れても、特定の個人や取引先を割り出しにくくなり、リスクを大幅に低減できます。このような手間をひとつ加えるだけで、実務者は「仮に流出しても深刻な被害には直結しない」という安心感を得られ、積極的かつ適切に生成AIを活用できます。

1.3. 生成AI利用ガイドラインの策定

「どんなデータを入れるか」や「マスキングの仕方」を決めるだけでは不十分です。実際の現場では、誰が、いつ、どんな目的で生成AIを使うか、利用範囲やプロセス自体を明確化するガイドラインが求められます。

私が支援した金融機関の内部監査部門では、当初、監査人ごとにAI活用方法がバラバラで、社内規程要約、経理データ分析、報告書ドラフト作成といった異なるタスクを、思い思いのツールや手順で行っていました。この結果、統制不備や品質ばらつきが懸念されました。

そこで、以下のような利用ガイドラインを整備しました。

  • 目的別利用ポリシー:生成AIの活用可能領域(計画立案、フィールドワーク資料の要約、報告書ドラフト作成など)を明確化し、私的用途や不要な分析は原則禁止。

  • ロールベースルール:監査マネージャー、スタッフ、ITサポートなど、役割ごとに利用許可範囲を定義。たとえば、管理職のみ高機密情報に関連するAI活用を許可し、一般スタッフは社内公知情報までに限定。

  • 品質確保策の明示:AI出力を最終報告書に反映する場合は、必ず二次レビューや原資料確認を必須プロセスとするなど、品質保証手順を盛り込む。

  • 教育と周知:新ガイドラインは社内研修やeラーニング、FAQ整備を通じて全メンバーに周知。質問窓口を設け、現場レベルでの疑問点にも即応できる体制を築く。

このガイドラインによって、監査スタッフは「どのデータをどのタイミングで、どのツールにかけてよいか」を迷わず判断できるようになりました。結果、創発的な活用領域でも全員が同じ手順で動くため、品質と統制が両立。組織全体で「生成AIを賢く、安全に使いこなす」新たな企業文化が醸成されつつあります。


2. クラウド利用時のセキュリティフレームワークを理解する

2.1. ゼロトラストモデルの適用

金融業や製造業など、機密データが多い企業ほど、クラウド上でのAI利用に慎重です。ある金融系クライアントは、クラウド上のAIモデルへアクセスする際、たとえ社内からの接続であっても必ず多要素認証(MFA)を課し、特定の監査チームメンバー以外はアクセス不可能な状態にしました。
さらに、特定のプロジェクトフォルダにのみアクセス可能なロールを付与するなど、最小権限の原則を徹底。これにより、不正アクセスや情報漏えいのリスクを大幅に低減できました。

2.2. 暗号化ストレージや安全な通信路

「通信は必ずTLSで保護」というのは基本ですが、実務ではファイルを一時的に保存する中間ストレージの暗号化も見落とせません。私が支援した企業の監査部門では、AI出力結果を一時保管するS3バケット(AWSのストレージ)をサーバーサイド暗号化(SSE)で保護。さらに、IAMポリシーでアクセスを厳しく制限し、内部不正や外部侵入によるデータ盗難を防ぎました。


3. ログ・トレーサビリティを確保する

3.1. 利用履歴の監査証跡

あるクライアントでは、生成AIが出力した内容に対して「こんな情報どこから出たの?」という疑念が生じたことがありました。これを調べるためには、「誰が」「いつ」「どんなプロンプトで」問いかけを行ったかを追跡できるログが欠かせません。
幸い、導入初期からプロンプトと出力結果を記録する仕組みを設定していたため、当該プロンプトを特定し、該当ユーザーにヒアリングして再発防止策を講じることができました。

3.2. ログ分析とアラート設定

ログは溜めるだけでは意味がありません。周期的な分析で、異常なパターンを検出しましょう。たとえば、あるユーザーが短時間で大量の機密文書要約を要求するケースがあれば、内部不正の兆候かもしれません。
SIEM(Security Information and Event Management)ツールとの連携や、特定キーワード(「個人情報」「未公開」など)の過剰使用に対するアラート設定で、早期警戒できます。


4. ベンダー・ツールを選定する際の基準

4.1. 法令順守状況、サードパーティ監査報告書の確認

生成AIベンダーを選ぶ際、GDPRやCCPAなどのプライバシー法令に準拠しているか、SOC2・ISO27001認証を取得しているかは、単なる「お題目」ではなく、実質的な信頼の指標になります。
ある国際展開するメーカーは、欧州拠点の監査でGDPR対応が必須だったため、GDPR準拠を明言しているベンダーを優先的に選定しました。さらにサードパーティ監査報告書(SOC2 Type II)を読み込み、実際の内部統制が確立されていることを確認してから契約を締結したのです。

4.2. 国内法令適合性のチェック

日本では個人情報保護法や金融庁・経産省ガイドラインなど、業界ごとの規制も存在します。保険会社の内部監査では、顧客情報の扱いについて独自のガイドラインがあり、それにAIベンダーが対応できるかを事前に確認しました。結果として、国内法令への対応が弱いベンダーを排除し、コンプライアンスを確保できるパートナーを確保しました。


5. 次回予告

次回は「プロンプトガバナンスと内部統制強化」をテーマに、具体的なプロンプト制御の考え方や、AI出力の品質・妥当性をどうやって内部統制に組み込むか、IT部門・法務部・経営層とのコミュニケーションをどう図るかを掘り下げます。

この記事は内部監査業界の発展のために、完全に無料でボランティア的に記事を書いているので、「いいね」や「フォロー」で応援いただけると励みになります。それでは、次回の記事でお会いしましょう!

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