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【世界の内部監査の潮流】第13回:CAEの解任と監査役会の関与のポイントとは?

こんにちは、HIROです。私は現在、米国のシリコンバレーで「世界の内部監査のベストプラクティス」や「内部監査における生成AI活用」の研究とコンサルティングに取り組んでいます。このシリーズでは、日本の内部監査人が普段触れる機会の少ない「世界の内部監査」に関する最新情報を、迅速かつ分かりやすくお届けします。特に、アメリカの内部監査はその進化が日本より10年以上先を行くと言われており、非常に参考になるケースが多いと感じています。
今回は、私が尊敬している元内部監査人協会(IIA)の会長兼 CEOのRichard Chambers氏のブログ記事の内、2024年第1位のものをピックアップして「CAE(Chief Audit Executive)の解任と監査役会の関与」についてお伝えしたいと思います。この記事を読むことで、内部監査部門の独立性をどのように維持し、監査役会がどのような責任を負うべきかについて理解することができます。


1. CAE解任問題と監査役会の責任

1.1. 解任されたCAEが語るリアルな声

先日、私が尊敬している内部監査の専門家であるRichard Chambers氏のブログ記事に、興味深い事例が紹介されていました。ある企業でCAEを務めていた人物が、突然解任を言い渡されたというのです。彼によれば、表面的には経営陣との関係は「良好」ではあったものの、“あくまで形式的で本音が見えない”ものだったとのこと。さらに驚くべきは、監査役会(米国のAudit Committee)が彼の解任を知らされたのは、すでに解任後の出来事だったという点です。CAE本人が監査役会の議長に直接連絡して初めて、議長が事態を把握したそうです。

この話を聞いたとき、私は正直「なぜ監査役会がもっと早く関与できなかったのか?」と強い疑問を抱きました。アメリカでも、監査役会がCAEの選任・解任に対して十分に関与せず、事実上、経営陣の判断に“丸投げ”してしまうケースがあるというのです。日本の内部監査人としては、米国の監査役会といえば強い権限を持つイメージがありますから、このような“傍観者的”な振る舞いが実際に起こるのは衝撃的かもしれません。

1.2. 監査役会の責務と独立性確保の重要性

そもそも監査役会(日本では監査委員会、あるいは監査等委員会等に相当)は、内部監査部門の独立性を担保するために設けられた強力なガバナンス機能を果たす立場にあります。特に、CAEの任免に際しては「経営陣から十分に独立した意見を持ち、組織のリスクを客観的に監視できる人材を確保する」責任があるはずです。ところが、冒頭の事例で示されたように、監査役会自体が“CAEの解任に無関心”であったり、解任プロセスに参加していなかったりすると、内部監査の本来の意義である“組織のチェック・アンド・バランス”が崩れかねません。

私自身、コンサルタントとして企業を支援していた際、経営陣がCAEを事実上コントロールしようと画策している現場に遭遇したことがあります。予算を削られたり、監査計画に制約をかけられたりと、表向きには“協議”を装いながら、実質的にCAEの仕事を狭めていく手法です。その際、監査役会がしっかりと主導権を握り、CAEの声をくみ取っていれば、内部監査機能は健全に保たれたはずです。しかし、監査役会が他の優先事項に気を取られ、監査部門への干渉に気づいても静観していたことで、結局内部監査の独立性は大きく損なわれました。これは日本の企業風土にも通じる話で、経営トップの意向が強いほど、独立性が脅かされやすいのは万国共通だと思います。


2. 日本の内部監査現場への示唆

2.1. 報告ラインを明確化することの大切さ

日本企業でも、内部監査部門は多くの場合、経営陣の一員であるCFO(最高財務責任者)や管理部門責任者の下に配置され、そこから監査役会(監査等委員会)へレポートするという二重の報告ラインをもっています。しかし、実際には「経営陣への報告」が優先され、「監査役会への報告」が形式的になってしまうケースが珍しくありません。

ここで重要なのは、監査役会が実質的な“機能的報告ライン”の上位にいることを明確に示すことです。具体的には、CAEの採用・解任、報酬決定、予算承認などの重要事項に関しては、監査役会が主体的に意思決定を行うプロセスを設計しておく必要があります。監査役会が「CAEの雇用条件や職務範囲をきちんと把握し、経営陣の手の届かない独立性を保証している」ことを社内外へアピールすることで、内部監査が組織内で担う“客観的批判者”という位置づけが揺るぎないものになります。

2.2. CAEの独立性を守る具体策

内部監査には、どうしても経営陣と“ぶつかる”タイミングがあります。リスク管理やコンプライアンス上、問題があればそれを指摘し、改善を促す立場だからです。だからこそ、CAEが経営陣からの圧力に屈せず、監査役会(監査委員会)と連携しながらリスクのあるテーマに切り込むためには、以下のような仕組みが求められます。

1つ目は、予算と人員配置の保証です。内部監査の要否を経営陣に任せてしまうと、都合の悪いプロジェクトが切られたり、十分な人手が与えられなかったりする恐れがあります。監査役会が“権限を持って予算承認をする”プロセスを設けることで、CAEが自由に動けるフィールドを確保します。

2つ目は、定期的な個別面談です。日本企業では、CAEが監査役会の定例会合に出席するだけでなく、CAEと監査役会の議長や独立社外取締役が個別に会話する機会を増やすことが有効です。そうすることで、経営陣に言いにくいことでも監査役会へ直接相談できるルートが生まれます。

3つ目は、解任や異動に対する監査役会の“否決権”の行使です。先述の通り、米国では監査役会がCAEの解任を後から知ったという事例がありました。日本でも似たようなことが起こり得るため、会社規程や職務権限規程などに“CAEの解任や配転は監査役会の事前承認を要する”旨を明確に定めることが望ましいでしょう。

2.3. 専門家の視点と実体験

私自身も過去に日本企業の内部監査部門で、監査の現場に潜むリスクを経営陣に報告しづらい雰囲気を感じたことがあります。日本的な組織文化では「空気を読む」ことが重視され、問題提起によって周囲の心証を損ねるのを恐れる場面が多いのです。けれども、アメリカの先進事例を見ると、CAEは経営陣ともフラットな関係を築きつつ、監査役会の後ろ盾を得ることで、必要なときには遠慮なく“NO”を突きつける度胸を持っています。

このようなケースを日本に導入するには、やはり監査役会が「独立かつ強力な後ろ盾」として機能することが絶対条件です。そして、日本の内部監査人としては、監査役会と十分にコミュニケーションをとり、「経営陣に不都合な情報であっても、必要な報告は必ず行う」という姿勢を貫く覚悟が必要だと感じます。監査役会が“形だけの機関”になるのではなく、実効性あるガバナンスを発揮するためには、内部監査と監査役会の強い協働関係が不可欠です。


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本記事の引用元:
Richard F. Chambers, “Where is the Audit Committee When the Head of Internal Audit is Being Fired?”
https://www.richardchambers.com/where-is-the-audit-committee-when-the-head-of-internal-audit-is-being-fired/

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