【AI×IAシリーズ - 実務編】第7回:戦略的監査計画への生成AI活用
こんにちはHIROです。私は現在シリコンバレーで「内部監査における生成AI活用」の研究とコンサルティングをしています。
今日は「戦略的監査計画への生成AI活用」についてお伝えします。この記事を読むことで、内部監査の初期段階である「監査計画」フェーズにおいて、生成AIを活用してリスクシナリオ抽出や監査範囲決定を効率化し、より的確な監査戦略を構築するための具体的な方法やノウハウを理解することができます。
本記事は「実務編」の第1回目です。前フェーズではリスクや内部統制、そして規制への対応に焦点を当てましたが、今回からは実際に手を動かし、生成AIツールを監査実務にどう組み込むかにフォーカスします。私自身、過去にBig4監査法人時代から現在に至るまで、長らく監査計画支援を行っている経験から、リアルな現場感を交えながら解説します。
それでは、さっそく始めていきましょう。
1. 戦略的監査計画における生成AI活用の全体像
1.1. 監査計画段階で求められる「速さ」と「的確さ」
監査計画は内部監査プロセスの導入部であり、ここでの精度が後続の監査手続全体を左右します。通常、監査計画の立案には、過去の監査報告書、経営陣からの懸念事項、社内規程類や外部法規、さらには業界動向など、膨大な情報ソースからリスクを洗い出す必要があります。この作業は、熟練の内部監査人であっても時間と労力を要する極めて骨の折れるプロセスです。
しかし、生成AIがここに介在するとどうなるでしょうか。たとえば、過去5年間の監査報告書や内部不備記録、外部規制の更新履歴、さらには株主総会での議題など、多面的な情報を瞬時に解析し、潜在的なリスクシナリオを抽出できます。その結果、監査人は情報の海に溺れることなく、最も注目すべき領域へとフォーカスできるようになります。
これは、まるで経験豊富な「参謀」を雇ったようなものです。生成AIは、あなたのチームメンバーとして、強力な情報処理能力を発揮し、意思決定における「迷い」を減らしてくれます。
1.2. 「網羅性」と「深度」のバランスを取る秘訣
とはいえ、生成AIによる監査計画策定は、全てを自動化する魔法の杖ではありません。人間の専門家である監査人が、生成AIから得た示唆を精査し、内部統制やビジネスモデルの固有性、社内文化を踏まえた判断を行う必要があります。
たとえば、生成AIが抽出したリスクシナリオが10個あったとしても、その全てに等しく力を注ぐ必要はありません。AIが網羅的にリストアップしてくれたリスク候補を人間の目線で「これはこの会社のビジネス特性上そこまで重大でない」「これは今期特有のリスクで優先度が高い」といった形でふるいにかけるのです。
要するに、生成AIで「幅」を取り、人間の監査人で「深さ」を得る。この協働が、スピーディかつ的確な監査計画策定を可能にします。
2. リスクシナリオ自動抽出から始める監査計画の最適化
2.1. リスクシナリオ自動抽出のプロセス例
具体的な手順をイメージしましょう。まず、生成AIに対象組織の基本情報、過去の監査報告書、内部規程類、外部法規の要約、さらには過去に発生した不正・不祥事や内部通報、サプライヤートラブルの記録などをインプットします。次に「潜在的な新規リスクや再燃する可能性のある既存リスクを特定せよ」といったプロンプトを与えます。
すると、生成AIは以下のようなリスクシナリオを提示するかもしれません。
「新たな海外取引先増加に伴う契約リスクとコンプライアンス不備」
「人事評価システム変更に伴うデータインテグリティ懸念」
「最近の業界規制更新を踏まえたITセキュリティ要件の未対応リスク」
これらはあくまで一例ですが、監査人はこれらを一読し、組織固有の文脈(例えば新規事業立ち上げ直後、ERP導入後の運用初年度、M&A直後など)と照らし合わせることで、よりクリティカルなリスクを浮き彫りにしていきます。
2.2. コスト削減と品質向上の両立
このプロセスは、従来であれば監査人が何日もかけて文献読み込みやヒアリングを行っていた作業です。生成AIが予備段階で「初期ドラフト的なリスクリスト」を提示してくれることで、監査チームは迅速に重要論点を掘り下げることに専念できます。これにより、監査コストを削減しつつ、見逃しリスクを軽減し、監査計画の品質向上が期待できます。
例えば、とあるグローバル製造業の企業では、従来の監査計画立案に2週間要していたところ、生成AIを活用することで最初の3日間で大半のリスクシナリオ候補を洗い出し、残りの日数をその優先度付けと深度化に振り向けることができました。その結果、最終的な監査プランの精度が向上し、現場監査時の「想定外」発生率が明らかに下がったという事例もあります。
3. 監査範囲の決定を賢くする「要約生成」技術
3.1. 法規・内部規程類の即時要約とコンテキスト化
監査計画を策定する際には、常に最新の法規制や社内規程を踏まえる必要があります。しかし、これらのドキュメントは膨大かつ頻繁に更新されるため、頭から最後まで読み込むのは現実的ではありません。ここで、生成AIによる要約生成が効果を発揮します。
生成AIを用いれば、該当する法規や内部規程類を短時間で読み解き、そのエッセンスを抽出できます。たとえば「個人情報保護に関する規制のうち、当社のデータ分析部門に直接影響するポイントを300字程度でまとめて」といったプロンプトを投げると、瞬時にその要点が取り出されます。
これにより、監査リーダーはアップデートされた法規の要求事項を常に最新状態で認識できるため、監査範囲を適切に見直すことが可能となるのです。
3.2. 内部知見を融合した的確な範囲設定
さらに、生成AIは外部規制要件だけでなく、内部手続書や過去の指摘事項も要約できます。これを組み合わせることで、「この領域は昨年指摘が多く、今年新たな規制も加わったから重点監査範囲だ」「この領域は改善が進み、今年新規規制の影響も少ないから通常監査範囲で十分」といった精緻な意思決定が可能になります。
こうしたプロセスは、まるで優れたキュレーターが膨大なアート作品から展示テーマに合う作品だけを抜粋してくれるようなものです。膨大な情報がある中で、その本質を取り出し適切な文脈で提示する。それによって、監査人は真に価値あるポイントに集中できるようになります。
4. プロンプト設計のノウハウと計画ワークフロー例
4.1. プロンプト設計が成功の鍵
生成AIを活用する上で見落としがちなのが「プロンプト設計」の重要性です。AIに何を、どのような形式で尋ねるかで、出力品質は大きく左右されます。
たとえば、「今年度監査において考慮すべきリスクを教えて」では抽象的すぎます。一方、「過去3年間の内部監査報告書および昨年度末に発行された新規法規(XX法改正)を考慮に入れて、リスクのトップ5を特定し、各リスクにつき業務プロセス名と具体的な潜在的影響を200字で要約して」というように指示を明確化すると、より有益な回答が得られます。
また、回答へのフィードバックを繰り返し行うことで、AIは徐々に文脈を理解し、出力品質が向上していきます。ここが、人間のコンサルタントと対話しながら課題を明確化していくような感覚に似ています。
4.2. 計画ワークフローの一例
以下は、生成AIを用いた監査計画立案のシンプルなワークフローの例です。
ステップ1:データ投入
過去の監査報告、社内規程類、最新法規概要、自社の不正・不祥事等のインシデント、業界ニュース記事などをAIに格納する。ステップ2:リスク初期抽出
「インプット情報に基づき、潜在的リスク10項目を提示」というプロンプトで初回出力を得る。ステップ3:精査と要約生成
抽出されたリスク候補を要約させたり、影響度や発生可能性等で重要度の特定と優先度付けを依頼し、その理由を説明させる。ステップ4:監査範囲策定
要約情報とリスク評価に基づき、監査範囲を決定するプロンプトを実行。特定範囲に関する規制抜粋や社内規定ポイントを再要約し、範囲妥当性を確認。ステップ5:最終レビュー
人間の監査人が提示された範囲とリスクシナリオをクロスチェックし、必要な修正を加える。
このように、生成AIを計画段階に組み込むことで、より戦略的で効率的な監査計画が立案可能になります。
5. まとめと次回予告
5.1. 「生成AI+人間知見」で創造的な監査計画へ
今回の記事では、監査計画立案における生成AI活用の基本的な考え方と具体的なステップ、プロンプト設計の重要性をお伝えしました。ポイントは、「幅をAIで担保し、深みを人間が与える」という協働モデルです。
生成AIは情報処理とリスク候補抽出を極めてスピーディに行いますが、その結果をどう使うか、どこに注力するかは、依然として監査人の経験や洞察が不可欠です。両者が補完し合うことで、高い品質とスピードの両立が可能になります。
5.2. 次回予告:フィールドワーク準備への生成AI活用
次回は、監査計画を経て実際のフィールドワークへと進む段階で、生成AIをどのように活用できるかを解説します。具体的には、部門別・業界別の質問リスト作成、過去の不備事例からの論点抽出、多言語対応など、より実務的で手触り感のあるワークフローをお見せする予定です。
こうした活用法は、監査チームの事前準備を格段に楽にし、インタビューや現場調査において「何を・どのように」聞くかの精度を上げることで、より濃密な監査成果へとつながっていきます。
この記事は内部監査業界の発展のために、完全に無料でボランティア的に記事を書いているので、「いいね」や「フォロー」で応援いただけると励みになります。それでは、次回の記事でお会いしましょう!