見出し画像

【世界一流の内部監査】第31回:監査の道50年から得た学びとは?

こんにちは、HIROです。私は現在、米国のシリコンバレーで「世界の内部監査のベストプラクティス」や「内部監査における生成AI活用」の研究とコンサルティングに取り組んでいます。
このシリーズでは、日本の内部監査人が普段触れる機会の少ない「世界の内部監査」に関する最新情報を、迅速かつ分かりやすくお届けします。特に、アメリカの内部監査はその進化が日本より10年以上先を行くと言われており、非常に参考になるケースが多いと感じています。
今回は、リチャード・チェンバース氏が2025年に迎えた「監査の道50周年」の歩みと、そこから得られる重要な学びについてお伝えしたいと思います。この記事を読むことで、長年にわたり内部監査界をリードしてきた専門家の体験談から、キャリア構築や組織運営に活かせる示唆を得ることができます。


1. リチャード・チェンバース氏、監査の道半世紀を振り返る

1.1. 記事の概要

 リチャード・チェンバース氏は、2025年8月で初めての内部監査業務から50年という大きな節目を迎えます。大学で会計を学び始めたことがきっかけとなり、就職活動やその後のキャリア選択を経て、結果的に内部監査の世界で半世紀にわたり腕を振るってきました。

 記事のなかで氏は、政府機関(米国政府説明責任局、GAO)や陸軍基地、そしてペンタゴン(米国国防総省)の内部監査部門でキャリアを積み重ね、最終的には1,400人もの監査人を率いる組織のトップに就任した経験を回顧しています。新人時代はMBA取得を優先しながら、銀行の内部監査部門で働くという“当時の常識”とは少し外れた道を選んだのだとか。

 特に印象的なのは、その時々のキャリア選択において「意図せず出会ったチャンスを恐れずつかんだ」ことや「仕事の質を高めることで、大きなポジションへと自然に導かれていった」点です。また、途中で内部監査を離れた時期もあったものの、結局は監査現場に戻り、さらに大きな役割を得るに至っています。この経緯は、“遠回りのように見える経験が、結果的にキャリアの幅を広げる”好例と言えるでしょう。

1.2. 前半キャリアで学んだ5つの重要な教訓

 チェンバース氏は、キャリアの折り返し地点となるペンタゴン着任までに学んだ教訓として、以下の5点を挙げています。

 (1)「キャリアの序盤は、あまり戦略的になりすぎない」
 大学卒業後、会計事務所に就職するのが鉄板ルートだと当時の常識では思われていたところを、あえて銀行の内部監査部門とMBA取得を両立させた道を選択。結果的に、その後のキャリアにプラスに作用したというエピソードです。

 (2)「大胆にリスクを取る勇気を持つ」
 まだ若手のうちから「いずれあなたのポジションを狙います」と上司に伝えるなど、当時としては非常識なほど積極的な姿勢でした。この“やや厚かましい”とも言える姿勢が、結果的には周囲の評価を高めた要因の一つとされています。

 (3)「仕事の質で運を引き寄せる」
 自分の実力をしっかり示していれば、想像以上の上位職層や要職の目に留まることがある。チェンバース氏が若くしてCAE(内部監査責任者)に指名された背景には、CFOや上級幹部が氏の行動や成果を細かく観察していたことがあるそうです。

 (4)「望むポジションと自分の幸せが一致するとは限らない」
 内部監査以外の職種で給料が上がったとしても、本当にやりたい仕事でなければ満足感は得られにくいという実体験。結果的に氏は短期間でUターンし、再び内部監査の道に復帰しています。

 (5)「ゴールよりもプロセスを楽しむ」
 50年のキャリアを振り返ってみても、明確な“ゴール”ばかりを追い求めたわけではなく、“その時その時に集中してベストを尽くす”ことを大切にしてきたと述べています。最終的に高い地位を得ても、そこに到達するまでの成長や学びのほうが重要だという考え方です。

2. 日本の内部監査人への示唆と活かし方

2.1. キャリアビルディングの視点

 「内部監査でキャリアを築く」と聞くと、どうしても特定の業界や企業内で一貫して積み上げることだけをイメージしがちです。しかし、チェンバース氏の話から見えてくるのは、“別の分野を経験することで監査への視点が広がり、結果として組織のトップに評価される”というパターンです。

 たとえば私自身、米国企業の内部監査チームを支援している際に、クライアントの幹部クラスと話をする機会がよくあります。彼らの中には、もともとエンジニアや営業担当だった人が、トランスファブル・スキル(他領域でも活用できる汎用的な能力)を糸口に内部監査の世界に入り込み、組織全体のリスク管理を横断的に見渡せるポジションに抜擢されたケースもあります。

 「内部監査=会計や財務のスペシャリストでなければならない」という固定観念を捨て、多様なバックグラウンドを持つ人材が集まることで、イノベーティブな視点を取り入れやすくなるのです。チェンバース氏は大学時代から一直線に監査人を目指していたわけではなく、会計を学びながら試行錯誤するうちに内部監査の可能性を見いだしたと語っていますが、これは現代にも通じる話だと感じます。

2.2. 新たなチャンスをつかむために

 チェンバース氏が転機を迎えたのは、GAOに入る機会が突然めぐってきたときや、陸軍基地での監査長(CAE)に抜擢されたときなど、偶然のタイミングが重なったケースが多かったといいます。ただし偶然に見えても、その裏には「常に誠実に、質の高いアウトプットを出す」姿勢が評価されていた背景があるのは明らかです。

 私のクライアント先でも、若手の監査担当者が大手企業の役員に突如スカウトされる場面を目にすることがあります。彼らに共通しているのは、「目の前の案件を丁寧にこなし、プラスアルファの提案や洞察を提供する」ということです。結局のところ、上層部や他部門のキーパーソンが見ているのは“派手さ”よりも“確実に結果を出す信頼感”。その積み重ねが、思わぬ出会いやチャンスにつながるのだと実感します。

 また、チェンバース氏の言葉「望むポジションと自分の幸せが一致するとは限らない」は、日本人監査人にも大いに響くと思います。給与や肩書だけに惹かれ、監査とは全く関係のない領域に移ったものの、結局は監査のやりがいが恋しくなって戻ってくる――そんな話は、私も日米問わず何度か耳にしました。自分が心から楽しめる分野で力を発揮する方が、長い目で見れば大きな成果に結びつくのではないでしょうか。

 もっとも、キャリアの大転換には不安がつきものです。だからこそ、チェンバース氏のように「怖気づく前にまず踏み出してみる」メンタリティを見習うことは大切です。戦略的思考はもちろん重要ですが、一方で若いうちは多少の遠回りを厭わず、好奇心を優先して行動するのも一つの手。特に内部監査という仕事は、組織やビジネスのさまざまな仕組みを見られるのが魅力ですから、他領域の知識や経験を持つ人ほど監査で活躍できる場面が増えます。

 実際に私がアメリカで見てきた事例でも、ITバックグラウンドのある監査人が金融機関で“リスク評価のデジタル化”を推進し、その成果によって経営陣から社内表彰を受けたケースがありました。新技術導入において監査人の働きは地味に思われがちですが、もしそのポジションに“他業種出身のIT知識豊富な人”がいなければ、その変革はもっと遅れていた可能性があります。こうした実例を見ると、内部監査のキャリアを“自分の専門性を組織にインストールする場”と考えるのも面白いアプローチかもしれません。


この記事は内部監査業界の発展のために、無料で記事を投稿しているので、「いいね」や「フォロー」で応援いただけると励みになります。
それでは、次回の記事でお会いしましょう!


引用元:
Richard Chambers, “In 2025 I Am Celebrating 50 Years on the Audit Trail!” (January 6, 2025)
https://www.richardchambers.com/in-2025-i-am-celebrating-50-years-on-the-audit-trail/

いいなと思ったら応援しよう!