【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編
令和3年10月18日(月)「茶道部」真砂大海
「まるでクラスを1軍2軍に色分けしたようね」
「そんなことないだろ。ゆめだって1日目じゃん」
ゆめはスマートフォンを手に持ち、臨玲祭で行われるクラス発表の出場順を眺めている。
生徒会組が揃って2日目に組まれていて、確かに見映えの面では2日目の方が豪華だ。
だが、ゆめのように部活動でも参加する生徒は1日目に出演するので全体のバランスとしてはそう偏った印象は受けない。
「臨玲的な基準では、ゆめがこのクラスの頂点なんだし」
ゆめが手元に視線を落としたまま黙っていたので、私は補足した。
伝統あるお嬢様学校の臨玲高校では生徒の家柄ですべてが評価されてきた。
いまどきの風潮には似つかわしくないとよく言われるが、そういう学校がひとつくらいあったって別にいいだろう。
「それを言うなら、トップに君臨するのは大海《ひろみ》でしょ」
顔を上げずに、ゆめが反論を試みた。
やけに熱心にスマートフォンをガン見している。
「大海の名前が1日目と2日目の両方あるように見えるんだけど」と言いながらようやく彼女は私に顔を向けた。
「ああ、どうしてもって頼まれたんだよね。それに、落語、やってみたら結構おもしろかったし」
私が頭に手をやりながら答えると、ゆめは溜息を吐いた。
理由は分かっている。
いまは休み時間だからのんびりしていられるが、昼休みや放課後の彼女は茶道部の仕事としてOGへの対応に忙殺されている。
傍で見ていても大変そうだと感じてしまうほどだ。
そんなに暇ならちょっと手伝ってよと視線だけでゆめは語る。
社会的に有力なOGとの繋がりを求めて茶道部に入ったのである程度は覚悟していただろうが、想像を超えた状況に陥っているようだ。
「生徒会は短編映画を公開する以外は臨玲祭に直接関わっていないんだよ。感染症対策下でのルール作りには関与したけど、あとは臨玲祭プロジェクトチームに任せてさ」
私は3校合同イベント実行委員になり、何かと理由をつけて生徒会室に入り浸っている。
現生徒会はメンバーが少ないので、フットワークの軽い私は重宝されるようになった。
そのお蔭で非公式な会議の場にも居合わせることを許されている。
「その代わり、臨玲祭の環境整備、特に外部から観客を入れるかどうかに力を注いでいたんだ」
来春予定の3校合同イベントでもこの入場方法ができないかということで、私は生徒会長の命を受けて地方自治体だけでなく国の省庁まで巡った。
その結果、ワクチン接種または陰性証明による入場実験の末席に組み込まれることになったのだ。
臨玲の政治的影響力があってのことだろうが、会長のお手並みは凄かったと言わざるを得ない。
「それがうまくいけばこういう事態が起きるとやんわりと指摘はしたんだけど、茶道部に頑張るよう伝えておいてって……」
私の言葉にゆめはがっくりと項垂れる。
昨年は許可されなかった臨玲祭への外部入場が認められれば、当然チケットを求める声が殺到する。
特に今年は超がつくほど有名な初瀬さんが入学しているから尚更だ。
メディアに滅多に登場しない彼女をひと目見ようと思う気持ちは理解できる。
彼女が監督を務めた短編映画についても既にネット上では話題になっているから、のちにネットで公開されると発表されていても早く見て自慢がしたいだろう。
しかし、「密になるから」という理由でOGへの入場チケットの割当数は非常に少なかった。
それはOGとの繋がりが強い茶道部も例外ではない。
「寝ても覚めても苦情を言われ続けているようでノイローゼになりそうよ」
「クレーマーみたいな人は吉田先輩がOG会で権力を握ったら追放してもらったら」
かなり気の長い話だが、そんなことでも思わないと滅入ってしまうだろう。
先輩後輩の縦関係が当たり前だと思ってしまうとちょっとくらいの無理なら聞いてもらえるはずだという思い込みが生じる。
そのひとつひとつは取るに足らないものでも、積み重なれば後輩の負担は大きい。
こうした意識の改革は容易ではない。
吉田先輩がたとえOG会のトップに立ったとしても簡単に成し遂げられるとは思えない。
とはいえ、ゆめに現実を突きつけても仕方がない。
これが二度と会わない相手とのやり取りならこちらが強く出ることも可能だが、茶道部の部員はOGとの繋がりを求めて入部しているのだ。
人間関係は財産となることもあるが、それを維持するのは神経を使う。
苦労は買ってでもしろなんて言葉があっても、私なら絶対に逃げ出しているだろう。
「旅館のあとを継ぐ修行だと思うことにしているのだけどね」とゆめはそれでも前向きだ。
彼女の家は会員制の高級旅館だ。
宿泊できるのは名士ばかり。
だから客対応に苦労をせずに済む……なんてことはまったくなく、地位や名誉と人格の良し悪しは一致しないらしい。
ゆめはすでに旅館の手伝いをしているものの、そんな難しい客の相手はしていないと話していた。
それでも嫌な目に遭うことはあるようで、時々私に愚痴を零している。
「OGの件は会長にヘイトを向けるようにしても良いんじゃないかなぁ」
私の呟きにゆめは驚いた表情を見せた。
普段の大人びた佇まいとは異なり歳相応の少女らしいかんばせだった。
「あの人は向こう側の人だから」
私たちが属しているのは家柄重視のごく狭い社会だ。
常に相手を格付けしながら自分の位置を定めていく駆け引きの中で生きている。
外部とは異なる価値観がまかり通り、そのことを長く誇っていた。
たとえ社会的に成功していても、このコミュニティに属していなければ見下す存在だった。
昭和の頃まではそれで良かったのだろうが、平成で揺らぎ、令和のいまは時代遅れと言わざるを得ない。
少なくとも私はそう認識している。
藤井さんの時だって拒絶するのではなく入部を認めて茶道部に変化をもたらすべきだったのではないか。
新自由主義的な考え方が正しいとは思わないが、頑なに拒むだけでは時代に取り残されてしまう。
「会長は敵には容赦しないからね。吉田先輩のように根回しをして時間を掛けて少しずつ変革していくのではなく、鉈でぶった切るような革命をやり通そうとする。その副作用を分かった上で」
急激な改革は実際に自分の身に降りかかってくればかなりの負担だ。
自分に都合が良い内容ならともかく、そうでなければ反発心も湧く。
不利益となった相手からは恨みを買うことになる。
強引な変化は反動が生じてうまくいかないことは歴史が証明している。
私は当初、若さゆえに闇雲に突っ走っているのだと考えていた。
だが、どうやらそうではなさそうだ。
「彼女は意図的に短期的な視点で動いているみたい。彼女は臨玲の理事でもあるけど、生徒会長は在任1年で終える予定みたいだし、高校生活だって3年という期限があるからその間だけ保てば十分みたいな考え方みたい」
あとのことは後輩たちに託す。
潔いと言うべきか、無責任と言うべきか。
ただ高校生活を今後の人脈作りの一環と捉えている私たちとは根本的に異なるやり方だった。
「彼女はOGの力なんて当てにしていない。高校を卒業したら、あるいは次の生徒会長を予定している日々木さんの任期が終わったら、すっぱりとOGとの関わりを絶つんじゃないかな。だからヘイトを集めても平気という」
私の推論にゆめは頬に手を当てて考え込んでいる。
憂鬱そうな美少女というすごく絵になるポーズだ。
このクラスは美人が多いから目立たないが、ゆめもなかなかのものだ。
「つまり、彼女が混乱に陥れた後始末を押しつけられる訳ね」
「むしろ、会長の動きを予測して最適な立ち回りを考えればいいんじゃないかな。混乱に右往左往するんじゃなくて、それを利用したり、場合によっては一緒に仕掛けたりする側に回るとか」
ゆめは茶道部の幹部候補だ。
性格的に自分から変化を生み出すタイプではないが、これは自分を変えるチャンスかもしれない。
そこまでできなくても、単に受け身で対応に追われるのではなく、後の先を狙うくらいのしたたかさがあってもいいのではないか。
「やはり大海が茶道部の次期部長に相応しいと思う」
「ゆめにだってできるよ。応援しているから」
明るい声で励ますと、ゆめは不承不承といった感じで頷いた。
私がやればゆめより上手くできるかもしれない。
しかし、それでは私も殻を破れない。
折角の高校生活なのだから、自分の限界を超えた挑戦がしたい。
いまのところ、あの会長の側にいればそんな機会が来そうな気がする。
それまでは……。
††††† 登場人物紹介 †††††
真砂大海・・・臨玲高校1年生。3校合同イベント実行委員。生徒会との連絡を担当するという名目で生徒会室によく出入りしている。家は大地主。
三浦ゆめ・・・臨玲高校1年生。茶道部。家は高級旅館。幼い頃から上流の人たちが集まるコミュニティに顔を出していた。大海ともそこで知り合い仲良くなった。
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。映画女優。知名度抜群で、同世代では知らない人はいないんじゃないかという存在。
日野可恋・・・臨玲高校1年生。生徒会長。来年5月に会長の座を日々木陽稲に受け継ぎ、彼女自身は補佐の立場に就く予定。
藤井菜月・・・臨玲高校1年生。国内屈指のIT企業創業家一族。茶道部入部を望んだが受け入れられなかった。
吉田ゆかり・・・臨玲高校3年生。茶道部部長。ここ数年の歴代部長の中でも家格が高く能力も優れていると評判になっている。
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