【オリジナル小説】令和な日々
令和3年3月17日(水)「ダチがヤバい」水島朋子
「上野、聞いたか?」
あたしは登校してきたばかりの上野ほたるに声を掛ける。
彼女はこちらをジッと見つめ、動きを止めている。
その反応にあたしも言葉に詰まる。
上野に人並みのリアクションを求めてはいけないと分かっていても、つい期待をしてしまう自分がいた。
「沖本がお前に対抗してファッションショーをやるって言い出したって」
あたしは昨日久藤先輩から聞いた情報を上野に伝えた。
帰宅後にLINEには記しておいたが既読がつかなかったから見ていないはずだ。
上野は何ごともなかったかのように動きを再開した。
鞄を置いて席に着き、スケッチブックを取り出す。
この一連の流れはいつものことなので対抗意識があってのことかどうかは分からない。
「どうすんだよ? 沖本にかっ攫われたらあたしが生徒会に入った意味がなくなるじゃんか」
久藤先輩からは、生徒会の一員なのだからあからさまな贔屓はしないようにと釘を刺された。
生徒会長は共存の道を探っているそうだが、そう簡単な話ではないらしい。
「卒業式の日だって朝から登校して、外で受付の手伝いとかさせられたんだぜ。こんな苦労をして、文化祭で沖本のファッションショーを手伝わされるんじゃおかしいだろ」
あたしが柄にもなく生徒会に入ったのは上野のファッションショーを手伝うためだ。
彼女にお願いされイヤイヤだったが、夢の実現に手を貸せると信じたから続けてきたのだ。
文化祭は秋なのでまだまだ先のことだが、それまでに敗勢濃厚になってしまったら……。
「また、ぼやき?」とくっきーが教室に入って来るなりあたしを笑った。
「ぼやきじゃねえよ!」と一喝するが、彼女はまったく気に留めずに自分の席に向かう。
あたしは溜息を吐くと席に着いたくっきーに「沖本のこと、聞いたか?」と尋ねた。
彼女はまったく知らないようで「何?」と聞いてくる。
あたしは改めて説明した。
沖本がダンス部を辞め、自分が中心となって秋の文化祭でファッションショーをやると言っていると。
「沖本ならできるんじゃない? 友だち多いみたいだし」とくっきーは他人事のように感想を述べる。
「だからヤバいって上野に言ってたんだよ」とあたしが言うと、上野が「水島はそんなことは言わなかった」と冷静に指摘した。
「細かいことはいいんだよ! ヤバいのは事実なんだから」
あたしはゼエゼエと息を切らす。
マスクをしていなかったら唾が飛び散っていたに違いない。
それくらいの大声で怒鳴っていた。
クラスメイトたちが非難するような視線を向けてきたが、相手にしても仕方がない。
「だいたい、くっきーはどうなんだよ。何とも思わねえのかよ」
「なるようにしかならないんじゃない」とくっきーは冷めた口調だ。
「そこを助けるのがダチってもんだろ」と言ってやっても、迷惑そうな目でこちらを見るだけだ。
あたしは肩を落とし、当事者である上野に向き直る。
彼女は自分の手元のスケッチブックに視線を落としている。
「何か手を打たねえとマズいんじゃないか?」
あたしは一晩考えたがこれといったアイディアは浮かばなかった。
頭を使うのには向いていない。
そこは司令塔の上野の役割だろう。
しばらくスケッチブックを見つめていた上野が突然立ち上がった。
そして、教室を出て行こうとする。
あたしが「もうホームルーム始まるぞ!」と声を掛けてもまったく聞かずに教室を飛び出して行ってしまった。
ホームルーム中に戻って来た上野は「急におしっこが出そうになったので」と言い訳して席に着いた。
担任は苦り切った顔をしていたが注意だけで済んだ。
ホームルームが終わって「沖本のところに行ったのか?」と問うと、上野は黙って頷いた。
話し合うには時間がなかったはずだ。
上野に詳しく聞こうとしたが、すぐに1時間目の授業が始まった。
あたしは時間の針が進むのをイライラしながら待つ。
教師の話がまったく頭に入ってこなかったのは当然のことだった。
満を持して休み時間に何があったか尋ねると、昼休みに話し合うと上野は教えてくれた。
その顔に気負いは見られない。
それどころかあたしが訊くまで沖本のことはすっかり頭になかったような顔をしていた。
「あたしもついて行くぞ」と言うと、上野は「1対1で話す」とキッパリ口にした。
何でだよと食い下がっても彼女は耳を貸そうとしない。
普段は他人に関心を示さないのに必要とあらば誰が相手でも気後れせずに話をするし、思い立った時はもの凄くフットワークが軽い。
そこだけ見ればとんでもなく凄いヤツだが、一方で常識知らずの頼りない一面もある。
くっきーからは構い過ぎだと言われるが、彼女を見ているとハラハラしてしまうからどうしようもなかった。
結局午前中の授業は上の空で過ごし、昼休みに上野が教室を出るのを見送ることしかできなかった。
彼女が帰って来たのは午後の授業が始まる直前で、またしても何があったか質問することができずに授業を受ける羽目になった。
……今日は散々だ。
自分から持ち出した話だったのに、振り回されるだけで1日が終わりそうな感じがする。
「それで、何を話して来たんだ?」
「次、体育だから着替えないと」
今日の体育は女子は更衣室で着替えることになっている。
移動の時間もあるのでのんびりしていては遅刻してしまう。
とはいえ、何だかはぐらかされた感じだ。
更衣室に向かう途中で聞いてみたが、「いろいろ話したから説明が大変」と言って教えてくれなかった。
「教えてくれるまで今日は帰さないからな」
ようやく放課後になり、あたしは上野と向かい合った。
くっきーは「なんか、やらしー」と笑いながら席を立つ。
彼女はこれから手芸部に行くそうだ。
「どこがいやらしいんだよ」とあたしが怒鳴ると、「水島、顔、真っ赤」とくっきーが囃し立てる。
「あんなヤツ、ほっとこう」と言って、あたしは上野に話すよう促した。
「ファッションショーを本当にやれるのか計画を聞いてみた。もし、できるのなら絵を使う必要がないから」
上野が絵でファッションショーをやろうと考えたのは衣装を集めるハードルが高かったからだ。
衣装を集める目処が立つならわざわざ絵の勉強をする必要はない。
「彼女は計画はまだできていないと話した。ファッションショーを途切れさせないことでは意見が一致した。現在、衣装集めの具体案を互いに出し合っているところ」
「それって協力して開催するってことで良いのか?」とあたしがこめかみを押さえながら問うと、上野は首を傾げて「ライバル?」と疑問形で答えた。
「意味が分かんねえ!」
上野の説明は要領を得ない。
口を濁すという感じではなく、どう説明すればいいか分からないようだ。
あたしが頭を抱えていると教室に沖本が入って来た。
「いろいろ考えてみたんやけど」と彼女はあたしの存在を気にも留めず、上野に話し掛ける。
「悪い。お前ら昼休みにどういう話し合いをしたんだ? 上野の説明じゃ分からねえ!」とあたしは割って入った。
沖本はあたしに臆することなく、「コンペ言うん? 最終的にはそういう形で決着つけよって言われたよ」と教えてくれた。
あたしは頭に浮かんだ疑問を口にする。
「だったらなんで沖本の案についてふたりで話し合っているんだよ?」
「なんでやろうなあ」と沖本は笑顔を浮かべている。
あたしが上野を睨むように見ると彼女は淡々とした口調で「理想を追うことは尊い。でも、叶うとは限らない」と説明した。
沖本は「うちの案は実現可能性が低いんやて、ほたるちゃんに言わせると」と話し、「確かにそうやと思うわ」と苦笑した。
「つまり、上野は沖本のファッションショーに協力しながら、それができなかった時に備えて絵でやるファッションショーの準備も進めるってことか」
「さすが水島」と上野が褒めてくれるが全然嬉しくない。
大変すぎないかと口にしたところでコイツは一度決めたらてこでも動かないだろう。
だったら最後までつき合うしかない。
「手芸部行こうぜ。生徒会の久藤先輩がファッションショーのことで困ったら原田先輩を頼れって言っていたからさ」
頭を使うのは苦手だが、ダチが茨の道を行こうとしているのに黙って指をくわえて見ていることはできない。
ならば、あたしにできることをするだけだ。
これでも生徒会役員の端くれなのだから、上野の役に立つことがきっとできる。
上野が再び「さすが水島」と言った。
今度はドヤ顔で微笑み返す。
意気揚々と歩き出したあたしには窓から吹き込む南風が心地よかった。
††††† 登場人物紹介 †††††
水島朋子・・・中学1年生。生徒会役員。見た目も言動も不良そのものだが本人は否定している。友だち思いだが過去に友だちと呼べる存在はほとんどいなかった。
上野ほたる・・・中学1年生。美術部部長。昨秋の文化祭でファッションショーを見て、自分もやりたいと強く思った。すぐに行動に移し、美術部の部長に立候補してモデルや衣装を絵で表現するファッションショーを提案する。それ以降ひたすら絵の勉強に励んでいる。
朽木陽咲《ひなた》・・・中学1年生。手芸部。水島・上野と同じグループに所属。空気を読めず、水島を恐れない変わり者。とはいえ自分がほかの子たちとうまくやれていないことには気づいている。
沖本さつき・・・中学1年生。ダンス部を退部すると宣言した。関西出身。誰とでも仲良くなれるコミュ力の持ち主。
久藤亜砂美・・・中学2年生。生徒会役員。新年度には役員を辞め受験に集中すると宣言している。水島には「あからさま」でなければという言外の意を含んでいたが伝わらなかった模様。
原田朱雀・・・中学2年生。手芸部部長。昨秋のファッションショーの中心人物。ずば抜けた行動力があり、彼女に一目置く人も増えている。