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【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編

令和3年7月1日(木)「大海」三浦ゆめ


 民主主義国家だからといって選挙で選ばれた政治家だけが国を動かしている訳ではない。
 政官財、つまり政治家・官僚・財界人が表立って権力を握っているように見えるが、社会というものは複雑に利害が絡み合っているのでそんな単純な構図だけでは説明できない部分がある。
 日本のような歴史と伝統がある国では特にそうだろう。

 私の家は高級旅館を経営している。
 かつて、いくつもの国の命運に関わる話し合いがそこで行われてきたそうだ。
 本当かどうかは分からない。
 ただの尾ひれがついただけの話かもしれないが、令和のいまもお忍びで権力の中枢に近い人たちが訪れることがある。

 日本各地にうちのように絶対に情報が漏れない場所は多数存在しているだろう。
 その中でこれからも存続して行くには、そうした環境を維持するだけではなく人との繋がりが欠かせない。
 結局のところ政治も行政も経済も人が動かすのだ。
 それも、ほんの一握りの。

「藤井が改心するかどうか、賭けないか?」

 休み時間、私の前の席に座る大海《ひろみ》が椅子に横向きに腰掛けて話し掛けてきた。
 その視線は教室の後方にいる藤井さんと、彼女に話し掛ける日々木さんに向けられている。

「大海はどっちに賭けるの?」と誰にも聞かれないように小声で尋ねてみた。

「ゆめの逆側でいいよ」と彼女は楽しげな表情で答えた。

「私が勝ったら茶道部に入ってくれる?」

「またその話かよ」

 大海の丸みを帯びた人懐っこい顔立ちには笑みが貼りついたままだ。
 声にも不快さは感じられない。
 それでも私は慎重に言葉を選ぶ。

「吉田様の後継者は私には荷が重いから」

「大丈夫だって。ゆめなら」

 時代の変化とともに臨玲高校自体には価値がほとんどなくなってしまった。
 だが、これまでに築き上げた茶道部の人脈は生きている。
 OG会とは別にごく少数だけが連絡を取り合うグループが存在し、その影響力はいまだにかなりのものだそうだ。
 私ではそこにたどり着けそうにないが、目の前にいる彼女ならそれも可能だろう。

「大海なら将来何にだってなれる。私はそれを手伝いたいの」

 私の将来は決まっている。
 旅館のあとを継ぐのだ。
 それに不満はない。
 一方、大海は真砂《まさご》という名家に育ち、一族の長から将来を嘱望されている。
 昔のように家に縛られる時代ではなくなっている。
 彼女にはその才覚を存分に発揮する道だってたどれるのだ。

 大海はこちらを振り向くことなく黙り込んでしまった。
 昔から彼女は周囲に期待され、その期待以上の結果を発揮するような少女だった。
 現代ではお嬢様も楽ではない。
 子どもの頃からサークルのようなものに所属し、そこでのやり取りは常に評価に換算される。
 昔なら社交さえできればなんとかなったが、いまは国際交流やボランティア活動、社会貢献など多岐にわたる分野で成果が求められるようになった。
 サークル自体は決して排他的なものではないが、そこに参加しない人たち――例えば藤井さんのようにお金はあってもサークルの価値を理解できない人々――は蔑まされてしまう。
 そこで築いた信頼は将来に大きく影響を与えると信じている。
 臨玲の茶道部もそのサークルの延長線上にあるので、藤井さんは入部を許されなかった。

「藤井さんが態度を変えた姿って想像できないわ」

 私は話を賭けのことに戻す。
 藤井さんは極めて優秀だ。
 そう多く話した訳ではないが、頭の回転が速く知識量もかなりのものだ。
 努力を惜しまず高みを目指すという気概の持ち主でもある。
 それだけに自分が正しいと思いがちで、自分とは異なる考え方を受け入れようとしないのではないか。

「性格や考え方を変えさせるより、適当な役割を与えてほかの人との接触を減らす方がいいんじゃない。臨玲祭で生徒会の手伝いをしてもらうみたいな」

 クラス委員長の提案となっているが、それを考えたのは生徒会長だろう。
 彼女は学者の娘だ。
 文化人の中からは時に社会に変革をもたらすような存在が出て来るそうだ。
 権力の枠組みの外にいるので、内部にいる人間からすれば恐ろしい存在だ。
 だが、そういう人こそが権力の近くにいる人たちにはできないダイナミックな革新を時折生み出すことで社会は前進すると曾祖母は話していた。

「日野と日々木は面白いコンビだね。この年頃だと片方に感化されて使い物にならなくなるのに」

 大海の言葉にドキリとする。
 彼女が名前を挙げたふたりのように私と大海はいつも一緒にいる訳ではないが、少なくない影響を大海から受けているのは間違いない。
 私はそれを誤魔化すように「大海は成功すると思うの?」と単刀直入に尋ねた。

「それを見てみたい」

 大海は他人に好かれやすい方だ。
 コミュニケーションの持つ力をよく理解している。
 それでも日々木さんの試みは無謀だと思っているはずだ。
 残念ながらどれほど論理立てて言葉を尽くしても他人の考えを変えることは難しい。
 本人に変える気がなければ、他人ではどうすることもできないのだ。
 藤井さんはクラスの全員から嫌われたところで痛くもかゆくもない。
 信念を曲げず、我が道を行くことが正しいと信じている。
 それは経済的に成功した人に多く見られる傾向だ。
 彼女の家族もそれを当然と思っていることだろう。

「成功したら私の常識もひっくり返りそうね」

「いいじゃない」と大海が声を弾ませる。

「世界は刻一刻と変化しているのに、私はそれに取り残されている。それが苦しいの」

 彼女の切実な声を聞いて、私は彼女を誤解していたかもしれないと気づく。
 周囲からの期待に応えることにウンザリして自分からレールを降りたと思っていた。
 しかし、いまの彼女の瞳には諦観など感じられない。
 より速く前に進むために、より効率的な方法を探しているだけなのではないか。

「生徒会に入ってみたら?」という言葉が思わず私の口を衝いて出た。

 茶道部と生徒会の関係性を考えれば、その提案は茶道部入りの道を閉ざすものだ。
 私が言っていい言葉ではない。
 慌ててマスクの上から口を押さえるが、出てしまった言葉は消しようがない。

「生徒会か」と呟いてから初めて大海が私を見た。

「あそこは美人の巣窟だからなあ」と笑ったあと、「ありがとう。考えてみるよ」と気持ちの籠もった声を出す。

 それを聞いて私も腹をくくる。
 大海を茶道部に入れることばかり考えてきた。
 それが彼女のためになると信じていたが、その前提は間違いかもしれない。
 人脈を得るにはプラスだが、いまの茶道部に果たして彼女に刺激を与えられる人が何人いることか。
 大海に頼るのではなく、私は私としてしっかり茶道部で頑張っていこう。
 それが使い物にならないと見切られることを避ける唯一の方法だと思うから。


††††† 登場人物紹介 †††††

三浦ゆめ・・・臨玲高校1年生。茶道部。高級旅館の跡取り娘。

真砂《まさご》大海《ひろみ》・・・臨玲高校1年生。関東一円の上流階級サークル内ではかなり知られた存在。

藤井菜月・・・臨玲高校1年生。家は名の知られたIT企業の創業者一族。経済的な裕福さでもクラス内でトップに立つ。

日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。ロシア系の色濃い容姿の美少女。コミュニケーション能力に自信を持つ。

日野可恋・・・臨玲高校1年生。生徒会長。次々と改革を打ち出している。ゆめから「危険」と評されたこともある。

『令和な日々』は小説家になろう、カクヨム、pixivに重複投稿しています。