【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編
令和3年8月13日(金)「存在意義」梶本史
毎日SNSで誰かと繋がっている。
家族、部活の先輩、クラスメイト、中学時代の友人等々……。
それでも寂しさが埋められないことがある。
世界はあたしのことなどいささかも気に留めていないようで、このまま誰からも忘れられてしまうんじゃないかと。
お姉ちゃんはこの夏も日本に帰ってこなかった。
だからお盆は家族3人で過ごすことになった。
部活は休み。
帰省や旅行に行っている友だちもいて、SNSの反応も鈍い。
みんなが輝くような体験をしている中で、あたしひとりが取り残されたような気分になる。
親は顔を合わせればああしろこうしろとうるさいから自分の部屋に引き籠もっていることしかできない。
外は雨が降ったり止んだりで、散歩に行こうという気にもならない。
両親が受験の役に立たないと怒っていた夏休みの課題が残っているが、それに手をつけなきゃと思いながらあたしはベッドの上でぐずぐずしていた。
『暇なら手伝って欲しいことがあるのだけど』
そんなショートメッセージに『どういったことですか?』と返信したのは魔が差したと言っていいかもしれない。
相手は映研の先輩である剣持さん。
苦手に感じている人で、普段だったら「用事がある」と断りを入れていたところだ。
彼女は『うちに来て』と自分の住所を添えてメールを送ってきた。
もうこうなると「嫌です」と言い出せる雰囲気ではない。
失敗したと思いつつも、あたしは出掛ける準備を始める。
ここでゴロゴロしているよりも、誰かに必要とされていると実感できた方が良い。
たとえそれが剣持先輩だとしても。
臨玲高校は世間一般にはお嬢様学校として知られている。
実際に目が眩むようなお金持ちの子女も通っている。
うちはそこまでではないが、平均よりは裕福な部類だろう。
小雨が降る中、あたしがたどり着いたのはお金持ちというイメージとはほど遠い古びたアパートだった。
あたしがアパートの前で着いたと連絡すると、先輩は部屋番号だけ送り返してきた。
そろりそろりと階段を上り、生活臭の強い廊下を進む。
剣持と書かれた表札の下のチャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。
「ここのことは絶対に誰にも言わないように。言ったら殺すから」
手伝って欲しいと頼まれて来たのに、会った瞬間剣呑な目で睨まれた。
あたしが所属する映研は上下関係に厳しくないが、この程度は許容しなければならないのだろう。
「お邪魔します」とあたしは玄関に足を踏み入れる。
狭い玄関には物が溢れている。
靴を脱ぎ、それを整え、恐る恐る先輩のあとに続いて中に入った。
中の部屋も雑多な印象で、あちこちに色々な物が積まれている。
洗濯ものの籠、2リットル入りのお茶のペットボトル、紙袋、お中元と思しき箱、マンガ雑誌、明らかに時間が狂った時計もあった。
リビングらしいこの部屋の真ん中には布団の掛けられていない炬燵が置かれている。
その周囲だけ人が通り抜けられるスペースになっていて、そこを抜けて奥に向かった。
次の部屋は畳の敷かれた和室で、押し入れや小さな仏壇が目についた程度で比較的整頓されていた。
その先の引き戸を過ぎると部屋の雰囲気が一変した。
ベッドと机があるだけの狭い部屋だが、真っ白な壁紙が目に眩しい。
それを背景に黒のブラウスに黒のミニスカートという剣持先輩が立つとひときわ映えるように見えた。
彼女は机の前の椅子に座るとこちらを見上げる。
あたしは立ち尽くしたまま彼女と対峙した。
「Tik Tokを利用しているんだけど」
Tik Tokは若者の間で人気がある動画投稿サイトだ。
あたしもアカウントを持っている。
「最近PVの伸びが悪いのよ」
「投稿しているんですか?」と驚いて口に出す。
アカウントに鍵を掛けていれば知り合いだけに公開するということもできるが、先輩の口振りからするとそういう意味ではないだろう。
つまり全世界に自分の動画を公開しているということだ。
「大丈夫なんですか?」とつい心配してしまうが、「バレなきゃ平気よ」と先輩は意に介さない。
臨玲高校には生徒のSNS利用に関する規則がある。
今年度人気女優である初瀬紫苑さんが入学したことで罰則のある厳格なものに変更されたそうだ。
アカウントの取得は禁止されていないが、個人情報はもちろん顔出しにも制約があったはずだ。
「修正入れているし、身元バレには用心しているからね」と話した先輩は「映研なんだからこれくらいやって当然でしょ」と目を逸らした。
映研は何の略称か不明だが、現在は映画鑑賞研究会といった趣だ。
そこで、「だったら演劇部の方が良かったんじゃないですか?」と聞いてしまったが、「別に演技がしたい訳じゃないの」と一刀で斬られた。
剣持先輩は美人だ。
臨玲の中でもかなり上位に入ると思う。
だが、この高校ではお金持ちかどうかでマウントを取ることが多い。
共学なら男子からちやほやされそうな顔立ちなのに、どうして臨玲に入学したんだろうと首を捻りたくなる。
「とにかく。ひとりだと限界を感じるようになったの。機材があればもっといろいろできそうだけど……。そこで口が堅そうなあなたにお願いしたの」
「……はあ」と答えると、あたしの同意を取ることなく「さっさと始めるわよ」と先輩は言い出した。
自分のスマートフォンをあたしに渡して撮影のコツを伝授すると「とりあえずやってみましょう」と壁紙の前に立つ。
ブラウスのボタンをいくつか外し、胸元を強調するように上体をこちらに傾けた。
「見えちゃいますよ」と注意しても「見えないように撮って」と無茶を言う。
今日はかなり涼しいとはいえ、密閉した空間で先輩に言われるままに慣れないことをしていればかなり疲労感が湧いてくる。
先輩はマスクをしていないが、あたしはずっと着けたままだ。
喉も渇く。
お茶くらいは出してもらえると思っていたので飲み物を持って来ていない。
かといってこちらから要求するのもどうかと思い、あたしはぐっと我慢した。
先輩はひたすら撮っては確認を繰り返す。
演技と呼べるほどのものではなく、くだらないセリフを言って微笑むだけだが飽きもせずに延々とやり続けた。
つき合うこちらの身になって欲しいという言葉が喉元まで出掛かるが、言い出せずに時間だけが過ぎていく。
お昼過ぎに始めてもう夕方になっていた。
「親が仕事から帰ってくるから、あと1時間ってところね」
「まだやるんですか」という言葉をあたしは飲み込む。
「仕方ないか。あなたも出なさい」
「はあ?」と大声を出し、自分の声で頭がクラクラする。
「その服じゃダメね。脱ぎなさい」
「い、嫌です」とあたしは涙目で叫ぶ。
「先輩の言うことが聞けないの」
「先輩だからって無理なものは無理です」とあたしは泣いて頼み込む。
なんでこんな目に遭っているのだろう。
しかし、そんなことを考える気力が残っていない。
あたしは身を守るように両手で胸元を抱え、フローリングの床に座り込む。
先輩は冷たい目でこちらを見下ろすと溜息を吐いた。
使えない奴と思われただろう。
あたしはマスクの下で唇を噛んだ。
「今日はもう無理か。明日は朝からね」
「まだやるんですか」と今度はハッキリと言葉にする。
「当たり前じゃない。何も完成していないんだから」
それはそうだが、あたしがいたって役に立たないんじゃないか。
そんな思いが頭を過ぎっていると、「PVを稼げるまでとことんつき合ってもらうわ。出たくないって言うなら代わりにアイディアを考えなさい」と先輩は命じた。
あまりにも傲慢な言葉のような気もするが、とりあえず解放されるという思いからあたしは「はい」と頷いた。
先輩はその言葉に満足したのかニヤリと微笑む。
それは今日いちばん印象深い笑みで、あたしは撮影していなかったことを後悔した。
††††† 登場人物紹介 †††††
梶本史《ふみ》・・・臨玲高校1年生。映研所属。初瀬紫苑のクラスメイトということで映研に勧誘された。
剣持輝里《きらり》・・・臨玲高校2年生。映研所属。美人だがそれを鼻にかけていると周囲から見られている。
『令和な日々』は小説家になろう、カクヨム、pixivに重複投稿しています。