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【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編

令和3年9月1日(水)「ありがとう生徒会」


 スマートフォンに並んだアイコンから臨玲の校章をタップする。
 起動すると『アプリ内の画像や映像を無断でインターネット上に公開すると法律や校則によって罰せられます』という注意喚起が大きな文字で表示される。
 面倒だなと思いながらもう一度画面に触れると、アバターが表示された。

 自分の自撮り写真をアバターとして利用している人もいるが、あたしはイラスト風に加工されたものを使っている。
 このアプリは学校や各委員会からのお知らせが見られるほかにも、生徒同士が連絡を取り合うのにも利用できる。
 学校内の友だちと話す時はこのアプリを使うことの方が多くなった。
 機能が豊富で使いやすい。
 それにアバターの衣装やポーズ、マイルームの模様や家具などセンスの良いアイテムが多く、それを飾って見せびらかすこともできた。

「……やっぱり!」

 あたしは目を輝かせて声を上げる。
 新しい衣装として今日正式に発表された臨玲の新制服がアプリ内にも登場していた。

 2学期が始まって1週間。
 夏休みが終わったことへの残念さと部活に必ず入らなければならなくなったことへの不満がみんなの中に溜まっていた。
 それが今日のホームルームの時に流された制服変更の告知で一瞬のうちに吹き飛んだ感じだった。
 臨玲の制服、特に冬服は化石だとか時代が明治のまま止まっているだとか言われている。
 昔のデザインでも良いものは良かったりするのだが、これは本当にダサかった。
 それでも臨玲の名前に憧れがあった時代は良かったのだろうが、いまでは時代遅れの象徴みたいになっている。
 ようやくという感じではあるが、新しい制服は一気に時代の最先端に手を伸ばしたかのように見栄えの良さだけではなく色々と考えられていた。

「おお、コインもこんなにいっぱい配られてる」

 毎日体温を記録したり、委員会のお知らせをチェックしたりするとコインがもらえる。
 それで衣装などを揃えるのだ。
 今回は新制服を記念して大量のコインが使用可能になっていた。
 さすがに学校のアプリなので課金システムはない。
 だが、この制服になら課金したくなるほどだ。

「オプション多いなあ。コインこれだけあっても全部は揃えられないよね……」

 凄まじいことに新しい制服のオプションがすべてアプリで再現されている。
 本物を購入する前にお試し感覚で利用してもらうという意図もあるのだろう。

「基本のワンピースは夏服冬服ともにコインゼロでもらえるのか。でも、セパレートタイプは絶対に欲しいよね。バリエーションが増えるし、生徒会長みたいにスラックスにすると全然感じが変わってくるし……」

 学年によるスカーフの色の指定こそあるものの、スカーフのデザインも非常にたくさんあった。
 襟も付け替え可能だし、スカートも様々なタイプが用意されている。

「カーディガンにジャケット、コート、マフラーとか冬のアイテムだけでコインが尽きそうだよ……」

 これらのアイテムの実物はこのアプリからでも注文ができる。
 そして、購入したものはコインを使わなくてもアプリ内で利用可能だ。(すでにコインを利用していたら払い戻してもらえる)
 これって事実上のアイテム課金だよね。

 シャープなRの文字が印象的なロゴ入りだが、高校指定のものにはまったく見えない。
 学生鞄はともかくサブバッグやポシェット、リュックなどはブランドものと比べても見劣りしないのでどこへでも持って行けそうだ。
 高価なことは高価だが生徒割引があるのであれもこれも欲しくなってくる。

「これ、ヤバいでしょ」

 アバターのためのつもりが現実にも欲しくなるから厄介だ。
 2021年度限定品や新制服発表記念モデル、なぜか東京オリンピック2020開催記念などの期間限定のコーナーもある。
 さらに家紋入りや特別仕様の制服・アイテムの注文もできるようだ。
 そちらは金額の桁がグンと上がっていて、そっと戻るボタンをタップする。

 新作制服発表動画の完全版も公開されていた。
 ホームルームで各教室に流されたものと基本的には同じだが、より詳細な紹介がされている。
 モデルは言わずと知れた初瀬紫苑。
 副会長が少し舌足らずな声で制服の素晴らしさをアナウンスしている。
 完全版と言うだけあって、ホームルームでは流されなかった衣装やアイテムも見ることができた。

 映画女優でもある初瀬紫苑はスタイルが良すぎて溜息しか出て来ない。
 自分が着てもこんな風には見えないよねと思うものの、『誰が着てもその人なりの素晴らしさを引き立てるオプションを用意しました』という副会長の言葉には心が動く。
 体型に合わせたオプション例といったページも公開されていて思わず見てしまう。
 身長体重ウエストや股下の長さといった数値を入力するとアドバイスとともにお勧めアイテムが表示された。
 それをコインで交換してアバターに着せてみた。

「アバターは標準体型だから分かんないか……」と呟くものの見た目はとても良く感じた。

 まだ9月になったばかりだけど冬服への衣替えが待ち遠しくなるほどだ。
 しばらくは移行期間だそうだが、10月になればほとんどの生徒は新しい制服で登校してくるだろう。
 あたしは迷わず採寸の予約を入れ、オプションをどう説得して親に買ってもらうか考え始めた。

『新型コロナウィルスによってわたしたちの日常は一変しました。貴重な学生生活を非常に制約の多い中で過ごさなければならなくなりました。様々な学校行事が中止や縮小され、楽しく食事することさえままならない状況が続いています』

 動画の終盤になって副会長が切々と訴えかけている。
 その眼差しには強い意志が感じられた。

『この苦境からいつ解放されるか分かりません。希望を抱きつつもいまはまだ耐える必要があります。しかし、学生生活の思い出が灰色だけでは辛すぎます。変わってしまった日常の中にも喜びを見出すことはできると思います。そのひとつがファッションだとわたしは思っています』

 彼女は制服変更の強い決意を持って臨玲に入学したことやこの改革に協力してくれた人への感謝を述べていった。
 そして幼げな顔立ちの中に知性の煌めきを輝かせて締めの言葉を放つ。

『ファッションとは自分が何者であるかを見せることです。どんな自分でありたいか。それを表現するのがファッションです。臨玲の新しい制服はそれを可能にします。あなたの夢を、希望を、輝きをこの制服で見せてください』

 あたしには難しいことは分からないけど、とても気持ちが昂ぶった。
 着たい服を着るだけで人は気持ちよくなれる。
 自分が満足する姿になれれば幸せだ。
 他人からの評価ももちろん気にはなるが、それ以上に自分の中の納得感が重要だ。

 あたしはスマートフォンを握り締める。
 一生分のお願いを使うのはここしかない。
 パパとママが喜びそうな清楚な服に着替えてあたしはパパの帰りを待つことにした。

『令和な日々』は小説家になろう、カクヨム、pixivに重複投稿しています。