【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編

令和3年6月19日(土)「許せないもの」九条山吹


「なんだってあんなゴミ屑が理事長席にふんぞり返っていて、あたしがこんな扱いを受けなきゃいけないの!」

 横浜中華街にある行きつけの店のVIPルームにて、昼間からあたしたちは酒宴を繰り広げていた。
 飲まずにはいられない気分だったからだ。

「ホントだよねー。山吹の方がすべてにおいて上なのにねー」

 友人の美雨が慰めてくれる。
 あたしと同じ年齢なのに10代かと思うくらい若作りの服装に濃いメイク。
 美容整形に惜しげもなく大金を投じているだけあって近づかなければ粗は目立たない。

「山吹は優しいね。私が日本にいない間にたえ子なんてヒキガエルのように叩き潰していると思っていたよ」

 もうひとりの参加者であるクレアは歳相応の身なりなのに、美雨よりも若々しく感じる。
 日本のジメジメした気候が若さを奪うとネットで言っていたので、長く海外にいたことが理由かもしれない。

「あたしが手を下すまでもないと思っていたのよ」とあたしは弁解する。

 たえ子は理事長だった母親が死んで跡目を継いだ。
 直後に派閥争いが起きて理事長の座を引きずり下ろされそうになった。
 いい気味だと思って眺めていたら、なぜかしぶとく生き残ってしまった。

 美雨とクレアとは臨玲高校時代からのつき合いだ。
 特にあたしとクレアは女子高生時代に天下を取る勢いだった。
 あたしは何人もの男たちを侍らせていたし、クレアはモデルとして活躍していた。
 ふたりで横浜を闊歩すれば、人波があたしたちの前で分かれて道ができるほどだったのだ。

 一方、現理事長のたえ子も同学年だった。
 当時の彼女は絶対的な力を持つ理事長の娘として教師たちからは敬意を払われていた。
 だが、学生たちの間では根暗なブスとして蔑まれていた。
 いまなら陰キャという言葉がピッタリだ。
 あんな奴に立場が逆転されるなんてこれっぽっちも思っていなかった。

「本当にむかつくわ。何が緊急動議よ。あんな小娘を理事にするなんて頭がおかしくなったんじゃないの」

 昨日臨玲高校で臨時の理事会が開かれた。
 そこで緊急動議が理事長から提案された。
 議決権がないと言われたあたしは会議室を飛び出したが、あとになって理事長が推していた生徒が新たな理事に選ばれたという連絡が届いた。

「ママから言われたのよ。もみ消せるんだから警察沙汰にしておいて採決を延期させれば良かったって」

 あたしは愚痴が止まらない。
 雨が降って気が滅入るのも、ただの風邪なのに社会全体が騙されて旅行に行けなくなっているのも、臨玲の評判が悪いのも、あたしが離婚したのも、すべてたえ子が悪いのだと。

 ビールから始まった飲酒は、ワイン、紹興酒、ウイスキー、カクテルとグラスを重ねていく。
 それにつれて、あたしの声はどんどん大きくなっていった。
 クレアは相づちを打つくらいだが、美雨は「高階ちゃんがいなくなったのは残念だねー」と一緒になって愚痴を零した。
 彼女は若さを保つために乙女の生き血を求めている。
 どこまで本気でそう言っているのかは知らない。
 ただ彼女が女子高生を連れ回しているという噂は聞いたことがあった。

 酔いが回って、話の内容がループし始めた。
 むかついた気持ちは胸の奥に残っていたが、それでも喉が嗄れるほど喋り続けたことで少しは落ち着いた。
 そのタイミングで、クレアが悪巧みを思いついたという顔つきで話し掛けてきた。

「本気でたえ子を始末しようか」

「いいね。どうするの?」と美雨が尋ねると、「あの子、絶対、男に免疫ないでしょ。だから、山吹が通い詰めている店のホストに口説かせようよ」とニヤリと笑う。

 彼女は帰国後にあたしがホスト通いしていることを知ってよくイジってきた。
 バツイチの家事手伝いには出会いの場がないのだから仕方がない。
 それなのに彼女はバカにしたような視線をあたしに送る。
 顔をしかめたあたしだったが、「高校の時にもあったじゃない」というクレアの言葉に興味をそそられた。

「親友の振りをしてたえ子に近づくってヤツ。本気の本気で信じ込ませたよね。そして、バラした時のアイツの顔のヒドかったこと!」

「そうそう、楽しかったね」とあたしは相づちを打つ。

 女子高の臨玲ではあたしたちの仲間になりたがる同級生や後輩たちがたくさんいた。
 その中のひとりに命令して、たえ子に接近させた。
 最初は疑っていたたえ子は少しずつ心を開いていき、1ヶ月後くらいにはすっかりその子と仲良くなった。
 完全に信用したところで、みんなの前でネタばらしをしたのだ。
 あの時のたえ子の顔は一生忘れられない。
 最高の思い出だ。
 涙と鼻水にまみれた顔を、仕掛け人の少女が嗤いながら教室にあったボロ雑巾でゴシゴシと拭いた。
 それからしばらくたえ子は学校に来なかった。
 あのまま死んでくれたら良かったのに。

「でもさ、警戒しているんじゃない?」と美雨が口を挟む。

「そうよね。学校に来る以外は完全に引き籠もっているみたいよ。どうするの?」

「矢板先輩が私の帰国祝いをしてくれるって言っていたじゃない。そこに引きずり出すから山吹は男を用意して」

「良いけど、うまくいくの?」とあたしは半信半疑で応じる。

 クレアとあたしが仲が良いことはたえ子もよく知っている。
 のこのこと顔を出すだろうか。

「私は山吹と違って、たえ子の前では態度に気をつけていたからね。信用されているのよ」とクレアは人の悪い笑みを浮かべる。

 高校時代からシナリオを描くのは彼女だった。
 それをあたしが実行するという役割分担がなされていた。
 彼女のずる賢さは、あたしの周りにいるお嬢様たちには及びもつかないものだったので何かと頼っていた。

「じゃあ、任せるわ」とあたしが言うと、「任せて」とクレアが爽やかに胸を張った。

「今度こそ死んで欲しいわ」とあたしは本音を垂れ流す。

 いまのままではあたしが彼女の上に立つことができない。
 あんなゴミ屑の風下にしかいられないなんて世界が間違っている。
 バレないのなら自分の手で命を奪いたいくらいだった。

「そのためにはさ、周りと切り離さないとね」

 クレアの言葉にあたしが首を傾げると「高校の時は母親がいたから死ぬまでは至らなかった。いまも信頼している人がいれば死ぬまでは追い詰められないでしょう。まずはそこをどうにかしないと」と補足する。
 あたしの脳裏に浮かんだのは、たえ子の手足となって動く主幹の北条という女と理事に就任した小娘だ。
 このふたりがいまのたえ子を支える存在だろう。

「どうするの?」と身を乗り出して尋ねても、クレアはふふふと含み笑いをするだけだ。

「もったいぶってないで教えてよ」

「初瀬紫苑って凄いらしいじゃない。マスコミに知り合いがいるから、彼女のスキャンダルを流してもらおうかなって」

 意外な名前が出て来て驚いた。
 知名度抜群の彼女は臨玲の名を高める存在であるだけに、そこを突くという発想はあたしにはなかった。

「臨玲のダメージになるんじゃない?」

「あれってたえ子の功績になっているじゃない。日野って子と一緒に退場してもらわないと」と語るクレアの瞳は氷のように冷たい。

「でも、スキャンダルって?」と美雨が訊くと、クレアは「いまはスキャンダルなんて簡単に作れるのよ」と軽やかな声で告げた。

 こうなったクレアは止められない。
 それは高校時代から変わっていない。
 当時の倍くらいの年齢になっても本質はそのままのようだ。

「クレア、かっこ良すぎ」

 あたしが褒めそやすと、モデル時代と同じ表情を彼女は見せた。
 この世界の主役はあたしたちであって、ほかはすべて脇役に過ぎないという自信に満ちた顔だ。
 クレアにとって初瀬紫苑が主役であると認めることは決して許せないのだろう。
 あたしがたえ子の存在を認められないように。

 彼女が日本に戻ってきてこうして会うようになり、なんだか女子高生に戻った感覚になる。
 あの華やかな頃に。
 人生の絶頂期に。

 なんで人は歳を取るのだろう。
 若いというだけで少女たちはちやほやされる。
 彼女たちはあたしが喪ったものを持っている。
 二度と取り戻せないものを。
 あたしはいつか必ず臨玲のトップに立つ。
 それだけが時計の針を止める唯一の方法だ。
 そのためなら、あたしは……。


††††† 登場人物紹介 †††††

九条山吹・・・臨玲高校OG。理事でOG会会長の九条朝顔の娘。バツイチ。

若竹クレア・・・臨玲高校OG。高校時代からモデルとして有名だった。のちにモデルを引退し海外で生活するようになった。この春、日本に帰国したばかり。

矢上美雨・・・臨玲高校OG。山吹やクレアの取り巻きのひとりだった。高校時代はそれほど目立たなかったが、現在はお金と時間に余裕があるため山吹と行動を共にすることが多い。

椚たえ子・・・臨玲高校OG。現理事長。前理事長の母の急逝に伴って就任した。

『令和な日々』は小説家になろう、カクヨム、pixivに重複投稿しています。