【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編

令和3年10月2日(土)「呪われた奇書」湯崎あみ


 土曜日だけど、いつものように部室に顔を出す。
 3年生なので大学受験という現実が迫ってきているが、せめて臨玲祭までは部活を頑張ろうと目を逸らす日々が続いている。
 いや、それ以上につかさと過ごす時間が尊すぎるので、受験勉強どころではなくなっていると言えた。
 せっかく告白し、良い返事をもらえたのに、会えないなんてあんまりだ。
 わたしはこの1分1秒のために生きていると言っても過言ではない。

「捜し物?」

「あ、先輩。おはようございます」

 わたしが声を掛けるとつかさは笑顔で挨拶を返してくれた。
 だが、彼女はすぐに部室の本棚に視線を向ける。
 眼鏡少女の横顔も素敵だが、やはりこちらを向いて欲しいという気持ちになる。

「旧館の資料を見ていたら、こんなのが出て来たんですよ」

 つかさは古いわら半紙を見せてくれた。
 おそらく学校内で印刷されたと思われるそれは演劇部のチラシのようだ。

『呪われた奇書をめぐるミステリィ』
『戦前の臨玲で起きた怪事件の真相を解く!』
『名探偵・登場』

 手に取ってそのペーパーを読んだわたしは「へー」と声を上げる。
 わたしたちどころか両親が生まれる前のものじゃないだろうか。
 そんな古い紙だが保存状態は比較的良かったようで細かな字まで読むことができた。
 癖のある手書きの文字を解読すると、「ロシア貴族だった教師」の文字が目に留まった。

「え? これって副会長の……」

「間違いないと思うんです。さすがに何人もいたとは思えませんし」

 わたしの言葉につかさが力強く頷いた。
 ほぼ倉庫代わりに使われていた旧館を片づけたのは、ひとつには生徒会による短編映画撮影のためだった。
 だが、もうひとつ、そこに放置されていた古い資料の整理も目的だった。
 文芸部はその仕事を押しつけられた訳だが、つかさは意外と興味を抱いたようで時間があると段ボール箱に詰まったあまり価値のなさそうな資料に目を通している。

 生徒会の説明では学園史に記録されていない歴史の発掘ということだが、どうやら副会長の曾祖母が在学中だった頃の情報が欲しいようだった。
 戦前のことなので在籍記録などは残っていてもどんな日々を過ごしていたのかは分からない。
 存命の卒業生はいるが、いまは会って話を聞くというのが難しい。
 そこで図書室など校内に残る資料の確認作業に取り組んでいるようだ。

 副会長の曾祖母の母親はロシアからの亡命貴族だそうだ。
 ロシア革命があったことは教科書で習って知っていても、こんな風に現代に繋がると驚いてしまう。
 異国の地で娘を産み、ひとりで育て上げた。
 それだけでも凄いことだと思う。
 彼女は臨玲の理事長の助けを借り、この高校で教鞭を執ったそうだ。
 しかし、ひとり娘が在学中に彼女は急死する。
 この時に何があったのか、生徒会長は調べたけれどよく分からないと話していた。

「呪われた奇書が盗まれ、その責任を取ってロシア貴族だった教師が死亡した……って自殺ってこと?」

 チラシに書かれていることに驚くと、つかさは冷静に「演劇部ですからね。どこまで本当のことなのか……」と注意を促す。
 わたしの友人の演劇部部長が言うには、演劇部は臨玲でもっとも歴史のある部活動であり、誕生した瞬間から学園側と対立したらしい。
 常に流行を追い、目立つことを望み、お嬢様学校である臨玲には相応しくない態度を取り続けている。
 数年前に学園長と理事長の対立を風刺した芝居を臨玲祭で行い、舞台の上に学校関係者がなだれ込んでくるという事件があったそうだが、それですら過去の演劇部の起こした事件の中ではたいしたことがないらしい。

「ところで、つかさは何を探しているの?」

 わたしが考え込む間も、つかさは本棚を隅から隅まで覗き込んでいた。
 部室は片面が本棚になっていて、先輩たちの残した本が無秩序に並べられている。
 貴重……ではなく、二束三文の本ばかりだそうだが、こうして本が並んでいると文芸部らしくは感じる。

「ロシア語の本があったじゃないですか」

「あー、あの古い本」と声に出すと、わたしは「え? あれが『呪われた奇書』?」と驚きを露わにした。

「まさか、と言いたいところですが、とりあえず確認しようと思ったら見当たらないんですよ」

 わたしも改めて本棚に目を向ける。
 本棚と言ってもちゃんとしたものは1つあるだけで、ほかはスチールラックだ。
 そこに過去の部誌や本などが積み上げられている。
 本棚は文庫本用のものなので、話題にした古い本は入らない。
 日本語ではなくアルファベットでもない文字で書かれた本で、実はそういった本も結構置かれているのだが、その中でももっとも古そうなものだった。

「みるくちゃんが持って行ったってことはないよね?」

「メールして聞いてみます」

 つかさがもうひとりの文芸部員に確認のメールを打つのを眺めながら、わたしはその本を最後にいつ見たか記憶を辿ろうとした。
 つかさが文芸部に入ってすぐにこの本棚のことを紹介したことがある。
 こんな本もあるよと見せたのは覚えている。
 もう、あれから1年以上が経つ。
 幸い、呪いの効果は発揮されずにわたしとつかさは良い関係を築けた。
 みるくちゃんになら、呪いのせいでこんなに時間が掛かったと言われるかもしれないが。

 その後、奥に落ちていないかと棚を動かしてみたが発見には至らなかった。
 あの本の紛失が人の死に繋がったのだとしたら、ちょっと背筋が寒くなる。

「みるくちゃんは知らないみたいですし、新たな謎の発生ですね」とつかさは興味津々な顔だ。

 部室の鍵の管理はしっかりしている。
 OGなら合鍵を持っていそうだが、このご時世ではなかなか校内に入ることは難しいだろう。

「行方不明の本のことも含めて、生徒会に報告しておきますね」と言うつかさに、「わたしは演劇部部長に何か知らないか聞いておくよ」と答える。

 この謎をズバリと解決して、つかさに良いところを見せられたら最高だが、さすがにわたしには荷が重い。
 それでも少しは役に立つところを見せたいし、切れ者の演劇部部長なら何か解決の糸口を見つけられるかもしれない。
 つかさから賞賛の視線を浴びることができれば、その時は……。


††††† 登場人物紹介 †††††

湯崎あみ・・・臨玲高校3年生。文芸部部長。つかさと正式におつき合いするようになったが、変わったのはLINEで頻繁にやり取りするようになったことくらい。妄想の中ではもっとああしたりこうしたりと……。

新城つかさ・・・臨玲高校2年生。文芸部。純愛小説好きだが、実際は興味を持ったものならなんでも読む乱読派。旧館の資料は昔の高校生たちの実態が読み取れて楽しく感じている。

嵯峨みるく・・・臨玲高校1年生。文芸部。あみとつかさのキューピッド役を買って出た。しかし、つき合うようになったのに進展がないことに苛立たしさを感じている。今日はふたりの邪魔にならないように部活を休んだ。

『令和な日々』は小説家になろう、カクヨム、pixivに重複投稿しています。