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料理は語りかける

作り手は料理を通してあなたに話しかけている。
これを体感したのはいつだっただろうか。
自らの料理という行為を通して自覚的になったこともきっと影響している。

人を招いて料理をするとき、

「料理をする事は既に愛している、食べる事は既に愛されている。」

という、土井善晴さんの言葉がいつも脳裏をよぎる。

誰かを思って作った料理は愛の言葉であるし、それを受け取って食することは愛されることにほかならない。3度の食事という、あまりに有り触れ過ぎた「生活」のサイクルに覆われてその事実を見失っているだけだ。

もちろん、受け取る側のリテラシーが育つまでには時間がかかることもある。私も好き嫌いがあったし、高校生の頃などは「肉がないのは嫌だ」と栄養バランスを気にしてお弁当を作ってくれた母を困らせていたものだ。
弁当を食べる前に急性盲腸炎で病院に運ばれ、2週間後に回収にいったころには弁当が特級呪物と化していた、なんてこともある。蓋を開ければそこには腐海が広がっていたのだ。行き場を失った愛は腐る。教室の片隅でこの世の真理を学んだ気がした。

そんな私だが食べてもらうことの感謝も喜びも、そこに作り手が込めた思いも、今なら少しわかる。

さて先日、新宿伊勢丹の能登フェアで輪島の池端シェフに久々にお会いし、コースでお料理をいただいた。供されるどの料理も美味しく能登の食材の魅力に溢れていた。

私の米>肉>魚>野菜 という好みは昔から大きく変わらないので普段なら写真の右下のラザニアや左下の牡蠣のパエリアなどで大いに喜んで終わるのだが、この日は少し異なる自分がいて食後も床につくまでの間、2皿目にサラダがずっと心に引っかかっていた。

素材のどれもが新鮮で美味しいのだけれど、強烈な旨味のドレッシングが掛かっているわけではない。何度も通ったラトゥリエ・ドゥ・ノトにの料理を思い出しながら語るのであれば、このサラダは一見とてもシンプルで池端シェフのフレンチの華やかさと美しさに加え、相反する軽やかさも備えたいつもの料理とは少し毛色が違うものだ。だが、それでもその日一番印象に残った料理はこのサラダだった。

翌日シェフに会えなかったが妻が再び伊勢丹を訪れてその理由が判明する。

「30種類の能登野菜を使っているんですよ。毎日空輸して。」

もともと新宿伊勢丹では能登野菜を扱っていたのでそれも活かしてはいるが、ハーブや地野菜を織り交ぜた30種類もの能登野菜を丁寧に組み合わせたと、池端さん。

スーパーに買い出しに行く人はわかるかもしれないが、そもそも30種類の野菜をサラダ用に用意するというのはなかなか難しい。しかも能登半島の震災後、寒い冬に畑で育つ野菜も限られるなかで、だ。立地的にも輸送の観点から今の能登は生産者に厳しい。地元で消費される量が減り、輸送コストがかかればたの地域の野菜との競争にも負けてしまいかねない。少し変わった地野菜も地元のレストランであれば名物になるが、今は観光客もおらず、作り続けるのも大きな負担であることは想像に難くない。

別にサラダを作るのであれば野菜は30種類もいらない。だが食べ進めていけばわかるのだが、少量ずつ、本当に豊かなまでの色とりどりの野菜がそこには盛られているのだ。正直10種類でも十分すぎるほどなのに。

明確な意図を持って30種類にしているのは明らかだ。

更に言うのであれば、イベントでのイートインは伊勢丹の十八番なので、計算されたキッチンになっているとはいえあくまでイベントスペース。限られた面積や調理機材を駆使しながら、少人数でコースをオペレーションするのはかなりのタフワークなのは間違いない。
このときもラザニアとパエリアのオーブンが分かれるために、この2皿はコースでありながら、順番が客によって前後するような調整があえて取られていた。

そんな環境において、サラダにこの30種類の手間である。


池端シェフのサラダは「これだけの種類と品質の野菜を作り続けている生産者が能登にはいるぞ!」「今も負けずに立ち向かっているぞ」と強く私に語りかけていた。

全力でそれだけを伝えるために作られた一皿。野菜の滋味に満ち溢れ、美味しいのはいうまでもない。サラダの盛り付けも丁寧にバランスを取られた美しさだ。

だが、思いの伝わる料理というのはそこを超えたところにある。

優秀なレシピのおかげで美味しい食事は誰でも再現可能になった。極論を言えば美味しい料理は誰でも作れるようになりつつある。

食材の準備があり、切り方があり、味付けがあり、盛り付けがあり、それらが整い揃った「美味しいこと」を大前提として、その上に添えるメッセージ。

すべてが思いと調和した、久々に心を揺さぶられる一皿に出会えたことにただ感謝したい。

https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2024142739SA000/%20

日本海の強風吹きすさぶ冬が終わり、暖かくなったころまた能登を訪れたくなった。きっとそこには豊かな食材たちが作り手のメッセージを携えて待っていてくれているはずだ。



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