魔法使い晴男と《クラス分け帽子》
僕は……
僕は、真面目さだけが取り柄の、何てことはない普通の小学生だ。
正直、見た目はお世辞にも良いとは言えない。
だからこそ僕はクラスメイトの誰よりも勉強を頑張り、委員会活動を一生懸命にやり、学外のボランティア活動にも積極的に参加してきた。
おかげで僕の成績表には「良くできる」しかなかったし、校長先生は毎年賞状をくれた。
友人だって多い方だと思う。
だって僕は全ての授業のノートをカラフルに板書していたし、ゲームの裏技も良く知っていたし、コーラが2本出てくる秘密の自販機の場所も知っていたからね!
実際、先生も僕を良く頼った。
風邪で休んだ子のおうちにプリントを届けたり、教材室から太巻きの年表を取ってきたり、誰もやりたがらない号令係を喜んで引き受けたり、そんなようなことは僕にとって当たり前の日常茶飯事だった。
「あいつに頼めば何とかなる」
みんながそう言って僕を頼った。
【真面目で優しくて勉強が得意なやつ、おまけに健康】
それが僕。僕という人間。
でもそんな僕にもひとつだけ秘密があって、実は魔法が使えるのだ。
自分の能力に気がついたのはいつの頃だったろう…
昔から、感情が昂ぶったり強く念じたりすると、物が勝手に動いたり、形が変化したりしたのだ。
最初はそれがとても怖くて、「もしかしたら自分はバケモノなんじゃないか」なんて思ったりもしたけれど、年齢と共に感情が制御できるようになると、魔法の方も自分の意思でコントロールできるようになった。
それと同時に、「この能力は絶対に人には知られちゃいけない」、そう考えるようになったんだ。
だから《ポクワーツ魔法魔術学校》から入学許可証が届いた時は、心底驚いたのが半分、そして「ああ、これからは本当の自分で居られるんだ」と安心したのが半分で、とてもとても嬉しかった。
人間(魔法使いは彼らを《マングール》と呼ぶ)の学校でみんなから頼られる生活には満足していたし、僕はクラスメイトのことが大好きだったけれど、みんなに隠し事(つまり僕が魔法を使えるってこと!)をしながら日々を過ごすのには息苦しさを感じていたし、やっぱり僕は魔法使いとして、自分に嘘をつかず、自分らしく生活してみたかったのだ。きっと、幼い頃からずっとそう思っていたんだ!
入学許可証に書かれた文言を何度も何度も読み返しながら、僕はそんな風なことを考えていた。
不思議なことに、景色がまるで違って見えたんだ!
✳︎
入学に必要な物は全部イ◯ンに売っていた。(混乱を招く恐れがあるから伏せ字にさせて欲しい。本当にごめんね?)
全国のイ◯ンモールには魔法省が関与していて、1階のサービスカウンターで抹茶味のカステラをバラで2つ購入すると魔法使い専用のフロアへ入れるような仕組みになっているのだ。(もちろん「抹茶味のカステラをバラで2つ」というのは物の例えだ。許して欲しい。)
僕は父さん(実は魔法使いだった!そんな素振り、全く見せなかったのに!)に連れられて近所のイ◯ンへ行き、入学許可証に書かれた《必要なものリスト》と睨めっこしながら魔法使い専用フロアを行ったり来たり、右往左往しながら買い物を進めた。
本当は父さんに任せれば素早く買い物を済ますことが出来たんだろうけど、僕は自分に必要なものは自分で見つけて、自分の力で揃えていきたかった。
だってこれからは寮生活になる訳だし、いつまでも父さんに頼りっきりじゃあ僕自身の成長に繋がらない。僕はこれまでやってきたみたいに、魔法学校でもみんなに頼られるような立派な学生になるんだ!この買い物は、そのための第一歩だ。
「ハッピーバースデイ!」
そう声を掛けられて振り向くと、父さんがフクロウの入った籠を掲げて手を振っていた。
そういえば今日は僕の誕生日だった!
それにしても父さん、いつの間にフクロウなんか買いに行っていたんだろう。それだけ僕が自分の買い物に集中していたってことなのかな?
いずれにしてもありがとう、父さん!
僕はフクロウを受け取って、父さんに礼を言った。
「晴夫、彼女に名前をつけてあげなさい」
父さんがそう言うので、僕は色々な願いを込めて《アングリーインチ》と名付けることにした。
「これからよろしくね!アングリーインチ!」
「ホー!」
僕たちは良いコンビになれると思った!(実際、僕たちは既に良いコンビだった!)
さあ、魔法学校に入学だ!(ホー!)
✳︎
ポクワーツ行きの急行列車の中で、僕はたまたま乗り合わせた《津森》という男子と《長谷川舞子》という女子と、三人でお菓子を食べながら情報交換をした。
津森は先祖代々魔法使いだということで魔法界についてかなり詳しかったが、地頭が悪いようで要領を得ない話し方をした。
逆に長谷川舞子は両親共に人間(マングール)だったが、非常に聡明でまた予習ができており、極めて有意義なカンヴァセーションを共にすることができた。彼女とは友達になっておいて損はないだろう。
そんな態度が少し漏れ出てしまったのだろうか、津森は「じゃあ、これは知ってる?」と言って《クラス分け帽子》について語り始めた。
彼の話によれば、僕たちは入学早々、《クラス分け帽子》という魔法具によって個々人の適性に拠り、4つのクラスに振り分けられるらしい。
各クラスの特徴は以下の通り。
《クリッピングドール》
器用さと勇気のクラス。
邪悪な魔法使いと戦う光の戦士は大抵このクラス出身。
主人公ならこのクラスに配属されるべきだけれど、僕はどうだろう?
《ワッフルパフェ》
美食と優しさのクラス。
「三振かホームラン」的なギャンブルクラスとの噂。
打順で言えば6番辺りが妥当だろうが、池山のように4番を打った選手も居る。
《アイアンクロー》
強靭な肉体と叡智のクラス。
頭が良いだけでも、健康なだけでもダメ。
中邑真輔が入学したら間違いなくこのクラスに配属だろう。
《スリザリガニ》
狡猾なザリガニのクラス。
世間を騒がせる闇のザリガニは大抵このクラス出身。
中華料理では良く食べられるけど、日本ではどうだろう?
「僕の一族はみんな《クリッピングドール》出身なんだ!」
津森はそういって自慢げに鼻の脇を擦った。
「私は《クリッピングドール》か《アイアンクロー》で悩んでいるの」
長谷川舞子はそう言って腕を組む。
「え、クラスって《クラス分け帽子》が決めるんじゃないの?悩んでるってどういうこと?」
僕がそう尋ねると、長谷川舞子は「そんなことも知らないの?」という顔をして組んでいた腕を解いてブラのワイヤーの位置を直した。
「あのね、《クラス分け帽子》は意外と生徒の希望を尊重してくれるものなの!全く適性が無きゃアレでしょうけど、同じくらいの適性のクラスが2つ以上あったら、あなたの希望に合わせてある程度融通してくれるはずよ?」
「へえ、そうなんだ!」
へえ、そうなんだ!
僕はてっきり《クラス分け帽子》が自動的に決めてしまうものだとばかり思っていたのだけれど、そうなんだ、僕の希望も少しは考慮してくれるんだ。
「スリザリガニだけはやめた方が良いぜ?悪い魔法ザリガニは全員スリザリガニ出身なんだ!」
津森は自分そう言ってからキョロキョロと辺りを見回し、手に持っていたペットのミミズをギュッと抱きしめた。小心者ゆえ怯えているのだ。
「あら、晴夫はスリザリガニになんて入らないわ。だってあなたなんかよりずっと、そう、賢そうだもの」
長谷川舞子はそう言って微笑んだ。五分咲きの桜の様な微笑みだった。
僕は長谷川舞子と同じクラスになれたら嬉しいなと、ほんの少しだけ思った。
「さあ二人とも!そろそろ到着の時間よ?」
窓の外を見ると、遠くの方に巨大なお城が見えた。
なんといえば良いのだろう。
それは関西の方にあるテーマパークに行けば見られそうな形をした立派なお城だった。
「晴夫、あれがポクワーツ城だよ!」
どうしても先輩風を吹かせたいらしい津森がそう言って僕の肩に手を置く。
「ああ、言われなくても分かるよ状況から判断すれば」
僕がそう言って舌打ちすると、津森は少し紅潮した顔で大きめのウインクを返して来た。
いよいよクラス分けだ!
✳︎
入学式兼クラス分けが行われる講堂の前に並んでいると、金髪のザリガニに話しかけられた。
「僕の名前は丸尾!君が噂の晴夫だな?」
「噂になっているかは知らないけれど、確かに僕は晴夫だ」
「僕は丸尾!君に友人の選び方を教えてやる男だ!」
「友人なら自分で選べる」
「なんと!」
「丸尾くん、今日から僕たち親友だ!」
「マーベラス!!!!!」
聞くところによると、丸尾の一族は代々スリザリガニ出身なのだそうだ。
「スリザリガニも、そう悪いクラスじゃないぜ?」
丸尾はそう言うが、僕はやっぱり人間のクラスに入りたい。
「では《クラス分け帽子》にそう言うが良い。お前と同じクラスになれないのは残念だが、遠くから見守っているよ、晴夫」
そう言って丸尾は去って行った。爽やかな奴だった。
「新入生入場!」
老教師の掛け声で講堂の扉が開き、僕たちは隊列を守りながら順々に入場して行った。
講堂の中は講堂らしい造りになっていて、建築マニアである僕には垂涎の様式美であった。
天井は天井らしい造りになっていて、宙に浮く蝋燭は非常に宙に浮く蝋燭らしい仕上がりになっていた。
「オッ◯スフォード大学のクライストチャーチみたいで素敵だなぁ、イテッ!」
思ったことがつい声に出てしまっていたようで、隣を歩いていた長谷川舞子に肘で小突かれてしまった。
「晴夫、集中!」
そう言って真っ直ぐに前を見つめる長谷川舞子は凛としていた。長谷川凛子と言っても過言ではないだろう。
講堂には在校生、教職員全員が集まっていて、ギュウギュウの鮨詰め状態であった。そんな中、教職員席の手前にスペースが出来ていて、そこに大きめの椅子が一脚、こちら向きに据えてあった。
「それではこれから一人ずつ名前を呼びますから、呼ばれた者は前出て、この《クラス分け帽子》を被りなさい。《クラス分け帽子》があなたにピッタリのクラスを選んでくれます。《クラス分け帽子》の決定は絶対です。異論は認めません」
老教師がそう言って《クラス分け帽子》を掲げて見せる。
すると長谷川舞子は僕の耳元で「簡単な儀式に見えるけれど、ガッチガチの魔法契約なのよ、これ」と言って舌打ちをした。
「長谷川舞子!」
「はい!」
魔法界にはあいうえお順という概念はないのだろうか。
しかしこれはチャンスかもしれない。長谷川舞子が選ばれたクラスを、僕も《クラス分け帽子》に希望すれば良いんだ。なんだ、簡単なことじゃないか。そうと分かればなんだか気が楽になってきた。
「どうしよう…大丈夫、リラックス…」
長谷川舞子はそう呟きながらも、恭しく《クラス分け帽子》を被る。
「うううーむ。なるほどなるほど」
《クラス分け帽子》がムニャムニャとした喋り方で何やら言い始めた。
「ああ、そうだな…ん~よろしい!決まった。クリッピングドール!」
《クラス分け帽子》がそう叫ぶと、クリッピングドール寮の生徒たちは歓声を上げ、大喜びで長谷川舞子を迎え入れた。
そうか、長谷川舞子はクリッピングドールか。
「次!津森!」
老教師に名を呼ばれると、津森は「うわぁ!僕だぁ!」なんて言って顔から汗を飛ばしながら椅子に座り、「スリザリガニは嫌だスリザリガニは嫌だ」などと念仏を唱え始めた。
見兼ねた老教師が津森に《クラス分け帽子》を被せてやる。
「うはあ!また津森家の子だな。君はもう決まっておる。クリッピングドール!」
判定は秒に満たなかった。またしてもクリッピングドール寮の生徒たちが歓声を上げ、大喜びで津森を迎え入れる。その中には津森の兄さんらしき連中も見て取れた。
津森は長谷川舞子と肩を組んで僕を見やり、「お前もこっち来いよ!」という顔をした。くそったれ。
よーし、そこまで言うのなら僕もクリッピングドールを希望しよう!
「保田晴夫!」
「はい!」
驚いたことに僕は緊張しているようだった。思ったより高めの声が出てしまった。
両手両足をシンメトリーに動かしながらゆっくりと登壇し、椅子に腰掛ける。
老教師は僕を見ると、ゆっくりと頷いてから《クラス分け帽子》を僕に手渡した。
恐る恐る、《クラス分け帽子》を頭に乗せる。
視線の先では津森と長谷川舞子が「大丈夫!」という顔で大きく頷いていた。
「んん、難しい!こいつは難しいぞ。勇気に溢れておる!頭も悪くない。才能もある!そしてだな、自分の力を発揮したいと願っておる!さ〜て、どこに入れたものか…」
《クラス分け帽子》がムニャムニャと語り始める。
「スリザリガニはダメ…!スリザリガニはダメ…!」
「おぉん?スリザリガニは嫌なのか?良いのかな?君は偉大になれる!その素質は十分に備わっておるんじゃぞ?スリザリガニに入れば、間違いなく偉大なるザリガニへの道が開けるのだがー……それでも嫌かね?」
「お願い!どうかスリザリガニ以外のところにして!できればクリッピングドールに…!クリッピングドールにして…!!!」
「そうか、ザリガニはそんなに嫌か…。ん…?ちょっと待てよ…?これは…」
「………?」
「ちょっと待て!!!!これはいかん!!!!!」
「………!?」
「こいつは…こいつはとんでもないムッツリスケベじゃ!!!!!!!!!!」
「!!!!!」
「こやつ、真面目な顔してエロいことしか考えておらん!!!寝ても覚めても頭の中は女ことばっかりじゃあ!!!勉強も運動も委員会活動もボランティアも、全部全部、女にモテたくてやっとるだけじゃあ!!!あー気持ち悪い!なんて気色の悪い男じゃあ!!!こんな《性欲のバケモノ》は初めて見たぞい!!!!!」
「!!!!!」
「入学取り消し!!!入学取り消ーーーし!!!!!」
《クラス分け帽子》の絶叫に、構内が静まり返る。
しかしその内、どこからともなく「ぷっ」、「ぷぷっ」という失笑が漏れ聞こえ始めた。
一人笑う者が現れればそれは瞬く間に構内全体に伝染し、いつの間にか講堂は大爆笑の渦に飲み込まれていた。
僕を中心に、ここに居る全ての人間が腹を抱えて笑い、そして僕を指差して涙を流している。
津森も、長谷川舞子も、丸尾も、老教師も、《クラス分け帽子》でさえも、大口を開け、涙を流して僕を嘲笑っている。
そうか、それが答えか、《クラス分け帽子》よ。
僕は胸元から杖を取り出すと無詠唱で爆裂魔法を発現させ《クラス分け帽子》を破壊した。
そして返す刀で校内全域に強力な重力魔法をかけ、学内に居る全員から自由を奪った。
「晴夫くん……どうして……」
苦悶の表情を浮かべる長谷川舞子の命乞いには反吐が出た。
重力魔法の威力を中心部に向けて無限に高めていたら、あるタイミングでそこに四次元空間が生まれた。
学内に居た人間はすべて暗黒の四次元空間に飲み込まれた。
2時間後には、この世界の全てがあちら側へと吸い込まれていった。
残ったのは僕、そして杖。
何も存在しない空間。時間の概念さえ残らなかった只の暗闇に、僕は今、一人で立っている。
全てを見届けた後で、僕は左手で四次元空間の入り口をキュッと締め、かの存在を「無かったこと」にした。
そして暗闇に向かって創生魔法をかけ、新しい宇宙を作った。
「次に僕が暮らす星は、緑豊かで、海の多い惑星にしよう」
見たらちょうど良い星が在ったので、
僕はその星に《地球》と名付けて、心から愛した。