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#74 「あ、悪い市長さんだ」

逮捕されてからも精神的には厳しい毎日。
新聞やテレビでは、まるで犯罪者のように扱われ、社会に放り出されてからの日々は、より辛いものでした。
ストレートに厳しい声をぶつけてくる人、私を気遣って声をかけてくれる人。素直な子どもたち。
モヤモヤどころではない、生きた心地がしない日々のまま数ヵ月。ただひたすら待ち続けました。

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公判の日は毎回、記者会見を行っていました。当然、判決を前にした最終日、結審の日も行いました。

思い返すと裁判が開始された直後。少しでも私にとって不利な話題を聞き出そうと、問いただすような質問が飛び交いました。しかし、日に日に雰囲気は変わっていきました。
この結審の日の記者会見では、出席する記者のほとんどが毎回の公判を傍聴済み。私への質問自体が無くなっていました。

記者会見が終わると、弁護士や私に近づいてきて個別の質問をされるのが通例でしたが、ある記者は、こんなことを言っていました。
「今回の裁判を見ていて、間違いなく藤井さんは無罪。無罪でなければならないと思いました。しかし、これまでの司法には、起訴されたら"99.9%有罪"という常識があります。私たちには、目の前での出来事と、これまでの常識の間での葛藤があります」

また、ある記者は
「裁判を見ていない人には、この裁判の内容が、いかに稀に見る展開なのか分からないでしょう。これを伝えるのは至難の業です。責任の大きさを感じています」

そんなことを言っていました。

世間から様々な視線や声を浴びせられながらの保釈後の生活。
それでも、私は再び市長としての公務に全身全霊で取り組みました。
逮捕・起訴によって、民間企業との連携をはじめとした対外的な取り組みの多くが白紙になりました。
また、私が保釈された数ヶ月後に市議選があり、ここでは語り尽くせない数々の出来事がありました。悔やんでも悔やみきれない、辛いこともありました。

やはりというか、想像以上というか…被告人という立場を背負いながら市長としての公務を全うする事は決して容易ではありませんでした。

小学校を訪問した時に、ある小学生から

「あ、逮捕された市長だ。お父さんが言ってた。悪い人なんでしょ?」

と聞かれて、その場の空気は凍りつきました。
学校の先生も同行していた職員さんも、この状況に対応するのは難しいでしょう。

しかし、私はすかさず動きました。

私「テレビか新聞で見たことあるかな?」
小学生「うん、テレビで見た」
私「逮捕されて大変だったんだけどね、裁判のことは、お父さんから聞いた?」
小学生「聞いてない」
私「お家で、お父さんに裁判のこと聞いてみてね。本当のことが分かると思うよ」

そんなやりとりをしました。
なんとか取り繕いましたが、辛い瞬間でした。素直な子どもの発言ほど残酷なものはないかもしれません。
また、周りの人たちに色々と気を遣ってもらい、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

私の周りにいる多くの人が、私が知らないところでも嫌な思いをしてきていると思います。
そんな人たちに、晴れて"無罪"の報告がしたい。
判決までの3ヶ月、長い長い毎日が続きました。

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