カムデバイスの特許に関する歴史
前置き
こんにちは。名古屋の弁理士の廣田です。
自称「IP登山部 部長」「国際弁理士クライミング協会 初代会長(international climbing-IP Attorneys Association)」です。
先日「IP登山部」の部活動で、こんな楽しいことやってきました。
お山活動にご興味のある皆さま、ぜひ、IP登山部に入部してください。初心者大歓迎でございます。
ところで、わたしがお山&岩とお付き合いを始めたのは、かれこれ25年以上前。飽きっぽい自分にしては、長く続いています。弁理士人生より長いです。
長いお付き合いの割には特にこれといった大記録などなく、いつまでたっても へたれクライマーです。いいんです。楽しめれば。
お山&岩活動の中でも、自分が一番好きなのは「アルパインクライミング」と称する部門(?)です。簡単にいえば、そこそこ高いお山の中で岩を攀じ攀じする活動です。
ところで、アルパインクライミングは、3K要素強いです。
・K1(危険) - 落ちたらヤヴァイです。
・K2(きつい) - 活動が日を跨ぐときは衣食住を担ぎ上げるので、荷物が重くて辛いです。
・ K3(こごえる) - さぶいです。3000m級のお山は秋で氷点下になります。冬の登攀はメンタルやられます。
「そんなのやって何が楽しいんですか?」
以前、若手弁理士に、真顔で訊かれました。
趣味って、本人が楽しけりゃ、それでいいんでは。
(なお、その数日後、その若手弁理士は、草野球で腕の骨を折りました。)
そんな3Kを軽減すべく、クライミングに関するギアや道具は、年々進化しとります。過酷な条件で使用するだけに、結構ハイテク製品も多いです。
で、テックと言えば、知財じゃないですかー(←若い女子風に読んでください)
なので、いつかはこのテーマで書きたいと思ってたんですけど、クライミングギアの有名ブランドは、日本であまり特許出願してないんですよね…。
たぶん、クライミング界のあれやこれやの事情で、費用対効果がなさそうだから。
ですが、今年は、弁釣会(R) 会長の じゅんぬ さんが、釣りに関する特許のハナシを書かれていた!
(ここに掲載することで、結果的に弁釣会の宣伝になってしまうw)
「これは いかん!クライミングと知財を絡めて、なにか書かなければ…!」と、尻に火がつきました。
…と、前置きが長くなりましたが、そいうわけで、今年の
「知財系 もっと Advent Calendar 2023」
の記事は、
『カムデバイスに関する特許の歴史』
について書いてみます!
カムデバイスとは
…
いま、
「ぽか~ん」
て音が聞こえてきた気がしました…。
そもそも「カムデバイス」って何よ、ってハナシです。クライミング用の「カムデバイス」は、きっと、アナタのこれまでの人生に一度たりとも出てこなかったと思いますw
クライミング用の「カムデバイス」とは、岩の割れ目を攀じ攀じする(「クラッククライミング」といいます。)ときに、岩の割れ目に挟み込む楔のような器具で、それを支点として落下を止めようとするものです。
(なんで岩の割れ目を攀じ攀じするのかって?
そんなこと訊いたら、草野球で腕の骨を折りますよ。)
クライミング用の「カムデバイス」には、大きく分けて二種類あります。
・パッシブプロテクション:楔状の塊を岩に差し込んで引っ掛けるだけのもの。楔部分は1つのパーツで構成されて大きさが変化しないものが多いです。「ナッツ」と呼ばれる形状のものの他に、有名商品ブランドとして「トライカム」「ヘキセントリック」等があります。
・アクティブプロテクション:楔部分が複数のパーツで構成されていて、ワイヤー等で各パーツを引っ張って、楔部分の全体の大きさを変える構造となっています。有名商品ブランドとして「キャメロット」「フレンズ」「エイリアン」等があります。
おっと、これ以上詳細な解説を入れてしまうと、「ぽか~ん」続出で、この時点で離脱してしまう方が多そうに思うので、一見は百聞にしかずってことで、この動画をご覧ください。
2:40 辺りから、クラッククライミングの様子が出てきます。
(※ちなみに、廣田は、こんなクラックルートは到底登れません!w)
この動画で使っているのは、アクティブプロテクションの「キャメロット」です。
カムデバイスの特許に関する歴史
カムデバイスの中でも、アクティブプロテクションは、なかなかに「メカ」です。そいうこともあり、アクティブプロテクションの特許については、ぼちぼち情報も集められそうなので、調べてみました。
※参考にさせていただいたのは、下記のサイトです。カムデバイスの歴史については学術的な研究がなされている様子もなく、複数のサイトの情報を繋ぎ合わせたら何となくそれっぽい歴史が見えてくるという感じです。サイトの情報がソースなので、真偽のほどは保証できませんが…😢
①wikipedia Spring-loaded camming device
②10 Things You Didn’t Know about Camming Devices
③The Fascinating + Convolted History of the Almighty Cam
④The climbing dictionary
⑤CAMELOT ULTRALIGHT
⑥wikipedia Camelot
上記①~⑥のサイトを参考にしながら、カムデバイス(特にアクティブプロテクション)の特許に関する歴史を見てみます。
Abalakov カム
クライミング用のプロテクションとして、最初に特許出願されたのは、なんと、1930年代のようです。Vitaly Abalakov さんという方がカムの技術を出願しました(ロシアで出願!?)
この頃のカムは、楔部分が1つのパーツで出来ているパッシブプロテクションで、現在の「トライカム」の基礎となった構造のようです。楔部分は全体が非対称の形状で、楔部分を(手動で)回転させることで、岩との接触角度を変化させ、色んな形状の割れ目に対応させるようになっていたようです。
参考:現在のトライカム
Lowe カム
続きまして時代は飛びまして、1973年。Greg Lowe さん(Lowe Alpine の Lowe 3兄弟の一番上のお兄さんです。)がカムの技術を特許出願しました。
Greg Loweさんの名前で 1973年に出願されたのはこれしかなさそうなので、これかなー。(米国の特許出願公開制度導入前なのでA文献のようです。)
米国でしか特許出願してないようです。
https://patents.google.com/patent/US3877679A/en?inventor=Greg+Lowe&oq=Greg+Lowe &page=1
クレームは8つあって、独立クレームは以下の2つ。
chockstoneとは、岩の割れ目に挟まってる石のことをいいます。artificial chockstoneとは、上手いこと言いますね。
クレーム1は、楔部分の構成パーツの数を問わないようです。上記①のwikiによると、このカムは、楔部分を対数螺旋形状(a logarithmic spiral shape )したところが新しかったとされてるけど、上記のAbalakovカムもそんな形状じゃなかったのかな…?もしそうだとしたら、クレーム1で新規な部分は、楔部分の形状自体ではなくて、それが「b. means pivotably connected to the main body for orientating the same between a pair of spaced surfaces for camming the main body between the spaced surfaces」と組み合わさってる点が新規だったのかな?
クレーム3は、楔部分の構成パーツを対にしたもののようなので(second embodiment の FIG 8, 9)、これは新しかったかも!
Ray Jardine の「フレンズ」
上記Lowe兄弟がブイブイ言わしてた当時、エンジニア(航空宇宙工学専攻)だった Ray Jardine さんは、Lowe兄弟とカムを開発しておりました。その中で、Lowe兄弟が試作した様々なパッシブプロテクションや spring loaded camming device (ばね仕掛けのカム)を見せてもらっていたようで、Lowe兄弟から a non-disclosure/non-compete agreement(秘密保持/ 非競業契約)を結ぶように依頼されたようです。
そんな Ray Jardineさん、Lowe兄弟のカムデバイスを使って試登したら、カムが全部岩の割れ目から抜けてしまったようで、「もっと良いモノを作ろう」と思い立ち、ボルダー大学の工学部の教授やら学生やらの助けを借りて「フレンズ」というアクティブプロテクションを発明し、1978年にその技術を特許出願しました(「フレンズ」というブランドは今も健在です)。
上記①のサイトにそれっぽい特許関連の番号があったので(4184657)、たぶん下の特許。(これも米国の特許出願公開制度導入前なのでA文献のようです。)
GBで最初に出願され、優先権主張してUS, FR, DEに出願されたようです。
発明者がRay Jardineさんだけになってるけど、ボルダー大学の教授や学生は…w
このカムが画期的だったのは、FIG2を見るとわかるように、片側2枚セット(FIG2では左右対)のパーツが、左側だけ/右側だけでそれぞれ独立して動かすことができる点です。これにより、決して平行面にはなってない(むしろガタガタの)岩の割れ目に、よりフィットするようになりました。
あるブログによると、この発明は、上記のGreg Loweさんのカムの改良版だとされてますが… Lowe兄弟と結んだ a non-disclosure/non-compete agreement に引っ掛からない内容の発明だったってことかなw?
クレームは10あって、独立クレームは2つ。
現在出回っているアクティブプロテクションの "基本的構造" は、上記クレーム1が基礎だということがわかります!
今回、初めてこれを見て、改めて感慨深いです…!
この「フレンズ」、当初 Rayさん自身が販売していたようですが、同年設立されたUK企業の WILD COUNTRY にライセンスされ、最初の発売年には、アメリカ国内だけで5,000個売れたそうです(当時クラッククライミングやってた酔狂な人種の人口を考えると、決して少なくない個数だと思います)。
少し古いクライマーは、アクティブプロテクションのことを「フレンズ」と称するくらいに普及しました(知財風にいうと「普通名称化」ってやつですね(笑))。
現在の「フレンズ」
Black Diamond の「キャメロット」
時は流れまして、1985年。Tony Christianson さんという機械工学のPhd 持ちが、新しいカムの技術を特許出願しました。
この特許出願は、pending中に Yvon Chouinardさんにライセンスされたとのこと。Yvon Chouinardさんは、ライセンスを受けた4年後に Black Diamond社を設立しまして、1987年に「キャメロット(Camalot)」として上市しました。 ライセンスにより "exclusive worldwide" に製造販売の許可を得たそうですが、米国とEPにしか出願されてないようだぞ…w
以降、Black Diamond社は「キャメロット」に関しさまざまな改良を行い、現在に至ってます。
(ちなみに、Yvon Chouinardさんは Patagonia社の創設者でもあります。)
これが1985年にTony Christiansonが出願した特許です。
これの何が画期的だったかというと、楔部分が2軸(axle。上の図で 15, 16)構造になったこと(dual-axle cam)。これにより、開閉レンジが大きくなり、1サイズのカムで対応できる割れ目の幅レンジが大きくなった、ということです。
クラッククラミングやったことあるヒトならわかると思いますが(この記事読んでるヒトの中にはいないかw)、大小サイズ織り交ぜたいくつものカムを肩からぶら下げて、登りながら「この割れ目だと、このサイズだな」って一瞬で見極めてカムを差し込んだものの、サイズ違いのカムを掴んで差し込めなかった(or スカスカだった)ときの絶望感たるや…。開閉レンジが大きければ、そういったことが多少解消されます(”多少”でも結構でかい)。
クレーム数は11で、独立クレームは2つ。
結構シンプルなクレームだけど、"two axles" 入ってますね!
きゃー なんか感動だ!
この特許は2005年に存続期間満了となりましたが、その後は他のメーカーも dual-axel 構造を採用するようになったほど、カムデバイスとしてはとても優れた構造なのです。上記「フレンズ」も、今ではdual-axel 構造を採用しています。
現在の「キャメロット」
2軸構造の欠点は重くなること。改良を重ねた現在の「キャメロット」は、かなり軽量化されています。この辺りの改良に関する特許もあると思いますが、今回はここまで。
以上、クライミング用のカムデバイスの特許に関する歴史を簡単に見てきましたが、お題がマニアすぎましたかね…
半数くらいの方が途中で離脱したように思いますw
マニアックなモノほど語りたくなる。
趣味ってそういうものですよね。
許してくださいw
調べててとっても楽しかったので、違うギアについても書こうかなー。
誰も読んでくれなさそうだけどw
以上をもちまして
「知財系 もっと Advent Calendar 2023」
の記事を終了いたします。