救世主症候群
2008年10月25日、私が初めてこの言葉に出会った時の印象をブログに書いています。対人援助職に就いている人の多くに、この傾向があるというので、少しでも気になった方は、ぜひ読んでみてください。
私は長く医療業界にいたので感じることは、献身的に尽くされる看護師さんにこの傾向が強いように思います。苦しみを乗り越えてカウンセラーになられた方もね。
「救世主症候群」、この言葉、あなたは聞かれたことはありますか?
私ははじめて聞きましたが、とってもインパクトがありますよね。
●自分を必要としてくれる人がいないと自分の存在価値を見出せない
●ヘルパーというかたちをとった「隠れヘルピー」
ドキッとしませんでしたか?
他人とのかかわりの中で、活き活きと生きていきたい。
日頃そんな思いをもたれているあなたの大本に、ひょっとしたら、こんな構図がかくれているかもしれません。
これを読まれた機会に、自分の心と対峙し、確認してみてください。
他人を生かすことで生かされる。
私自身も、この傾向が、多分にあるかもしれません。
気がついた時がチャンスです。
人はともかく、自分自身が、どうこの生を愉しむか?、です。
自分の存在は絶対的なもの。
いまここに在る。そのこと自体に、大きな価値を感じてみよう。
人は共に支えあいながらも、それぞれが独自の、自律した存在。
その存在に感謝し、互いに依存のないネットワークを愉しもう。
私たちの心は、元々つながっている。
その連携の中で、うまくバランスを保って生きてみよう。
結局は、それが一番ラクな生き方のように、私は思う。
あまりに抽象的すぎて、伝わらんよね。m(_ _;;m ゴメン
まだヘルスカウンセラーになる前、ヘルスカウンセリング学すら学んでいない私、健康常識を信じ、健康づくりのサポートについて研究していた頃の私の率直な感想です。
このとき「私自身も、この傾向が、多分にあるかもしれません」と書きましたが、それ以後の学びで、そのものだったと痛感しました。
2001年に私が自律神経失調症のことを広く知ってもらいたいと建てたウェブサイト「ゆう星☆心と身体の談話室」の中に、自前の電子掲示板(BBS)を置き、訪れてくれる方たちといろいろなメッセージをやり取りした。このやりとりが、まさにそれを裏付ける証拠だと、いまは私にもこんな時代があったという証として、更新をやめた2009年からいまだにサービス解約せずに残してあります。
まったくのボランティアで、昼間、会社員をしながら、夜中に寝る間も惜しんで、心病む人たちにつきあっていたのは、私が「救世主症候群」だったからに違いありません。
ウィキペディアでは、以下のように解説されています。
私は教員であった両親の下、教条主義的に育ち、どれだけがんばっても自己肯定感が上がらず、ずっと、どこか苦しみを抱えていました。だから人の役に立つことの中に、自分の存在価値を見出そうとしていたのです。小中学の頃は学級・学校の役員を務め、就職してからは人の健康に役立ちたいと、身を粉にして働いた。
15年間ヘルスカウンセリングの研鑽を積み、いまやっと、ありのままの自分を素直に受け容れ、穏やかな日々を送ることができています。
残念なことに、心理カウンセラーと称する人の多くに、この「救世主症候群」が多いと私は感じます。自覚して脱却しない限り、クライアントと共依存の関係になることを、無意識のうちに望んでしまうのです。
ともすれば、いつも自分のことを気にかけてくれる優しい人のように感じます。でも、そのような関係は、互いにとっていいことだと、私は思いません。
ヘルスカウンセリングは、相手に寄り添い、相手の気持ちや感情を聞き取りながら、その奥底にある魂の求める欲求を明らかにしていきます。そして、その実現に向けて自分のできることを自分で決めて、行動してもらえるように、その方法を学んでいただきます。
人は生きていく中で、何度も困難に出会います。その困難を、他人のせいにしたり、まわりのせいにしたりせず、そこから学び、自発的に乗り越えられる人が増えていくことを、いまの私は願っています。
この夏、そんな人を一人でも多く増やしていきたいと願い、「サッ!とメントレ塾」を開講しました。このサイトをご覧いただくだけでも、いろいろと気づくことがあると思っています。