とびしま海道から独自のヘルスケアサービスを【実装支援事業】
これまで「ひろしまサンドボックス」で実証実験を行ってきたプロジェクトの“実装”を支援する今回の取り組み。「複合的な試験紙による検査キットと画像解析アプリによる即時高精度尿検査『Yuurea』」プロジェクトの実装支援に手を挙げたのは、とびしま海道の島々を中心に活動する「Nurse and Craft合同会社」(以下N&C)だった。
実装事業者「Nurse and Craft合同会社」深澤裕之さん
N&Cは2019年創業。大崎下島にある「訪問看護ステーションうらにわ」を拠点に、下蒲刈島~上蒲刈島~豊島~岡村島といったとびしま海道の島民たちの介護を担っている。過疎化が進む島しょ部で介護という現実に向き合いながら「100年生きたら、おもしろかった」と誰もが言える世界の実現を目標に掲げており、デジタル機器や新しい試みにも意欲的である。
実際N&Cは「デジタルクラフト工房」を構え、3Dプリンターなども常備。各家庭に出向いて看護を担当するスタッフが自ら利用者や住環境に合った福祉道具を製作するという取り組みからも腰の据わったところが感じられる。
さらに、健康管理に不満や不安のある住民の方にスマートウォッチを付けてもらい、呼吸、体温、歩数や歩行スピードといったバイタルデータを取得。それを元に看護師が健康アドバイスをするヘルスケアサービスも企画している。島というリソースのない中でもIoTの力を用いてサービスの領域を増やしていきたい、住民の健康寿命を延ばすことに貢献したいという気概と反骨精神が根底にあるのだ。
そんなN&Cが今回手を組んだのが「ユーリア」である。
事業開発者「株式会社ユーリア」水野将吾さん
水野さんは2020年の「D-EGGSプロジェクト」に参加。そのときの提案は「2分で栄養価不足検査ができる検査キットの製作」というものだった。それは検査キットに尿をかけると試薬紙の色が変わり、その変化の様子をスマートフォンで撮影することで現在の栄養状況が即座にわかるというもの。
ただ、栄養状況を検査できるキットは開発したものの、それをどのように展開していけばいいのかわからない。ビジネスモデル構築の部分で壁に当たっていた水野さんはひょんなことから大崎下島を訪れ、深澤さんと出会う。それが新たな転機となった。
2人はすぐに意気投合。そしてユーリアが開発した栄養状態解析キットを、とびしま海道の介護現場で実装がはじまった。
現場からのフィードバックを受けて
オリジナル検査キットを製作
N&Cにとってラッキーだったのは、スマートウォッチを使ったデータ取得など、これまで住民の方々とデジタル機器を一緒に使ってきた経験があったことだ。
確かに「キットに尿をかけてそれをスマホで撮る」――若者ならともかく、それを高齢者にやってもらうのは心情的にも技術的にもハードルが高いところがあるだろう。しかしN&Cの場合、それまでのコミュニケーションにより信頼とデジタルリテラシーが育まれていた。そのため導入はスムーズに進んでいった。
N&Cは提供されたキットの使用を住民や介護サービス利用者に依頼。在宅看護の現場や介護施設などで合計60人がユーリアのシステムを体験した。今回の実装は開発者の水野さんにとっても目からウロコが多かったようだ。
これまで研究室で作られてきたものが、現場と出会うことで実用性を獲得する。これぞまさしく実装の成果だろう。
現在水野さんは深澤さんからのフィードバックを受けてキットに改良を加えており、12月にはN&C専用にカスタマイズされたオリジナル検査キットが完成する。今後はそのキットを使って、さらに精度を高める実装に向けた検証が続けられる。
ここは100年後の日本
過疎だからこそチャンスがある
今回の社会実装について、改めて深澤さんは語る。
今回の実装支援事業を機にN&Cとユーリアは今後も協業を続けていくという。
キットを作る人、それを使う人――両者のコラボレーションによって、とびしま海道から世界に羽ばたく新しいサービスが生まれようとしている。
ピンチはチャンスで、最後尾はいつしかトップランナーに。デジタルの可能性をレバレッジに、過疎地からの挑戦は続くのだ。
●EDITOR'S VOICE 取材を終えて
これほど理想的な協業の形はなかなかないのではないでしょうか?
片や開発の専門家、片や現場の専門家。2人が出会い、お互いないものを補い合って新しいサービスを作り上げていく。またそれが生まれた舞台が、かつて風待ちの港であった風光明媚な大崎下島っていうのもドラマチック。
ちなみに開発者・ユーリア水野さんの視点からラブストーリー風に仕立てた原稿もありますので、よろしければ下の原稿もどうぞ。いやぁ、恋って本当にスバラシイですね!
(Text by 清水浩司)
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