開発meets現場、瀬戸内海で出会ったヘルスケア・カップル【サキガケ】
2022年4月9日、2人は恋に落ちた――。
それまでは住んでいる場所も、関わっている分野も別々だった。本来なら出会うことのなかった2人だった。
しかし2人は恋に落ちた。舞台は広島。片方が拠点としている瀬戸内海に浮かぶ大崎下島。2人は出会いからすぐに関係を深め、今や将来について語り合うまでになっている。2人が思い描く夢は同じ方向を向き、そのビジョンは遠い海の向こうまでつながっている。
出会いのキューピッドとなったのは「ひろしまサンドボックス」、2人の仲を育んだのも「ひろしまサンドボックス」……広島で生まれた幸福な恋物語をお話しよう。
開発者「株式会社ユーリア」水野将吾
株式会社ユーリアの水野将吾さんは煮詰まっていた。
過去にキックボクサーを目指していた経験から「自分の現在の栄養状態が即座にわかるシステムがあればいいのに」と思い立ち、開発を開始。試験紙に尿をかけて、その色の変化をスマホカメラで撮影・識別し、ビタミンやミネラル、鉄分や塩分量といった栄養状態を分析するキットを生み出した。
それは2020年「2分で栄養価不足検査ができる検査キットの製作」として「ひろしまサンドボックス・D-EGGS PROJECT」30件に採択され、広島での実証実験がはじまった。2021年4月には株式会社ユーリアを設立。2022年3月には5,500万円の資金調達も実現し、プロジェクトは順調に進んでいるように見えた。
しかし水野さんは悩んでいた。
そんな中、水野さんはある人物から声をかけられる。同じ「D-EGGS PROJECT」に参加していたOne Smile Foundationの辻早紀さん。彼は自身が進めている笑顔認証プロジェクトの実証実験の結果を確認するため、大崎下島に行くという。何も知らず広島駅に集合した水野さんは、ただ「面白い島に行くよ」という誘いに応じて島を訪れる。それが運命の4月9日。
そこで出会ったのがNurse and Craft合同会社(以下N&C)を運営している深澤裕之さんだった。
実証パートナー「Nurse and Craft合同会社」深澤裕之
島を訪れた水野さんはすぐに衝撃を受けた。呉市から4つの橋を渡ってやっと辿り着いた「とびしま海道」の島のひとつ、大崎下島は人口2,000人を切る過疎の島。深澤さんはその地で訪問看護ステーションを営むなど、地域に溶け込んだ介護事業を展開していた。
名古屋に拠点を置く水野さんは過疎地の現実も介護の現場も初めてだった。そんな中でさらに驚かされたのはN&Cの先進的な取り組みだ。深澤さんは過疎地における健康寿命の継続的な向上を図るため、積極的にデジタル機器を導入。健康管理に不満や不安のある住民の方にスマートウォッチを付けてもらい、高齢者の血圧、体温といったバイタルデータ、歩数や歩行速度といった行動データを取得。それをもとに看護師が健康アドバイスをするという「IoT+訪問看護師」なヘルスケア事業を展開しようと試みていたのだ。
「これはすごい! ここと一緒にやったら自分たちがいま抱えている課題も解決できるんじゃないか……」
そう感じた水野さんは、その場で深澤さんに「一緒にやらせてください!」と頭を下げる。一方の深澤さんもユーリアの取り組みは自分たちの健康サービスを一段上に押し上げてくれるものだと直感していた。
「こちらこそ一緒にやらせてください!」
深澤さんが手を伸ばしたのも同時だった。つまり出会って即日の相思相愛。2人は具体的に協業計画を立てる過程で「サキガケ」のエントリーを見つけ、実証実験に駒を進めることになる。
島に住む高齢者に
検査キットを使用してもらう
まずはじめたのは、ユーリアの検査キットをN&Cの訪問看護利用者に利用してもらうことだった。在宅看護利用者、介護施設入居者、地域の高齢者など約60人。
訪問看護に同席した水野さんは、現場を眺めて唸らされた。N&Cの看護師が来ると高齢者の方がみんな嬉しそうな表情になる。地域医療の実態とはどういうものか現実を目の当たりにした。
さらに水野さんにとって幸運だったのが、N&Cがデジタル機器の活用を推進していたことだ。
検査キットに尿をかけて、その試験紙をスマホで撮影するという行為は、若者にとっては簡単かもしれないが、高齢者には倫理的にも手順的にも困難なものだ。しかしN&Cにはそれまで培った信頼関係とデジタル機器の活用経験があった。それゆえユーリアとの実証実験もスムーズに進んでいった。
プロダクトアウトから
マーケットインの商品へ変化
N&Cはキットの使用具合について、現場スタッフも入り週1回の定例ミーティングで忌憚ない意見を水野さん側にぶつけた。水野さんはそのフィードバックを受けてキットの改良を進めていった。
大きな変化があったのは以下の3点だと水野さんは言う。
変わった2つめは、アウトプットの仕方。
そして最後は、ユーリアという会社の立ち位置。
つまり技術偏重だったプロダクトアウトの商品が、現場を知る看護師たちの声を聞くことでマーケットインのアイテムに変貌した――これまで使いあぐねていた才能が出会いによって開花するというのも、まさに恋愛的なパラダイムシフト。そういう意味で、やはり今回の邂逅は「運命の出会い」と言っていいのかもしれない。
どれだけ考えても答えが出なかった部分を
埋めてもらった
実証実験は2022年12月、ユーリアがN&Cのリクエストを反映させたN&C専用キットを完成させ、今度はそれを用いたトライアルに入る。今回の出会いを受けてユーリア側の事業計画は新たな方面に進みはじめたという。
ユーリアは事業方向を、医療機関や介護施設が利用者の健康チェックに使えるto Bへと転換した。一方の深澤さんにとっても、今回の出会いは事業を格段に加速させるものだという。
出会いからまだ半年。開発と現場、人々の健康増進に携わる2社の協業は大きな成果を生み、将来を誓い合うまでになっている。
自分に足りないものを求めるのが恋の本質なら、まさにこれは理想的な恋だと言っていい。ベターハーフを見つけた2社は、シンデラレハネムーンのその先に明るい未来を描いている。
瀬戸内海の島で生まれたヘルスケア・カップルの末永い幸せを祈りたい。
(Text by 清水浩司)
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