多くの人が気になる健康の問題。買い物をするだけで健康になれる栄養管理アプリ「SIRU+(シルタス)」を広島の大手スーパー「フレスタ」が導入した。同じ志を持つ者同士の、広島を「ヘルシストエリア」に変える実験がはじまった。
買い物によって健康状態を診断し
買い物によって健康状態を改善
「シルタス株式会社」は2016年創業のスタートアップ。ユーザーの買い物データに基づいて栄養状況を分析し、その人に足りない栄養素や食品等を提案してくれるアプリ「SIRU+」の運営を行っている。
シルタスを起業した代表取締役社長・小原一樹(おはら・かずき)さんは食べることが大好き。お酒も大好き。「……だけどこの生活を続けてても大丈夫かな?」という不安からアプリの開発を思い付いた。
SIRU+の特徴は「がんばらないで健康を目指す」ということ。日々の食事の記録なんてしなくていい。キツい運動もしなくていい。ただ買い物データによって現在の栄養状況が見える化される。さらに「ダイエット」「美肌」「疲労回復」「筋肉をつける」といった項目を指定すれば、「この食材を摂った方がいいですよ」「この商品を買った方がいいよ」とアドバイスをくれる。つまり買い物によって健康状態を診断し、買い物によって健康状態を改善する――そんなズボラシステムを採用しているのだ。
消費者(個人)の買い物情報を分析することで売り手側(企業)のサービスの変容をうながし、地域(自治体)の健康状況を促進する――そうした展望を持ってD-EGGSプロジェクトに参加した小原さんが協業相手に指名したのは、広島人ならおなじみのスーパーマーケット「フレスタ」だった。
ヘルシストスーパーを目指す
フレスタと組みたい!
「株式会社フレスタ」は明治20年創業。スーパー「ムネカネ」として長く親しまれ、現在は広島を中心に全62店舗を展開している。
小原さんはD-EGGSに選ばれたときから、「フレスタと一緒にやりたい!」と心に決めていたという。
フレスタ営業本部マーケティングチームの山城浩壮(やましろ・こうそう)さんもシルタスとの共通項に心を動かされた。
2021年7月、フレスタのポイントカードである「スマイルカード」をSIRU+と連動。両者は協力して消費者&地域の「ヘルシスト化」に邁進していくことになる。
ただ、やっていく中で多くの課題も見つかった。
たとえば「すべてのお客様がフレスタで買い物していただければ、より正確に健康管理できるのですが……」(山城さん)というように、日々の食生活は基本的に一店舗だけに依存していない。
また、「妻の買い物データは私の方に反映されないんです。私が買ったものだけで見ると圧倒的にジャンキーで(笑)」(山城さん)、「そう、ちょっと高いビールを買ったときとか奥さんには内緒にしときたいですよね(笑)」(小原さん)というように家族の買い物プライバシー問題もある――。
課題はむしろ性能向上のための貴重なヒント。その心意気でブラッシュアップを続けた結果、SIRU+はD-EGGSを通して700人弱の新規登録者を獲得することができた。
シルタスの担当・向井良和(むかい・よしかず)さんも報告するように半年近い実証実験では課題と成果、両方が確認できたのだった。
協業2年目の実装実験は
食品メーカーを巻き込む
シルタス&フレスタのコンビはD-EGGSを経て、2022年度は「実装支援事業」にエントリーした。
確かにその商品を避けていたから栄養素が不足しているわけで、避けていた商品を買うというのはハードルが高い。今回の実装実験では、食物繊維の足りない人に「ファイブミニ」(大塚製薬)、タンパク質の足りない人には「TANPACT」(明治)、ビタミンの足りない方には「PERFECT VITAMIN 1日分のビタミンゼリー」(ハウスウェルネスフーズ)などを配布し、サンプルをもらった顧客がその後も引き続き購入するか行動パターンを調査した。
ただ、こうした調査を受けて、顧客と直接触れ合うフレスタ側はシビアな現状も認識している。
状況はシビアだが、決して諦めているわけではない。対消費者、対小売店、いかに健康を前面に打ち出しアクセルを踏むか、今も模索を続けている。
「地域を健康にする」という理念と目の前の売上の相克。実装の結果見えてきたのは、その舵取りの難しさだった。
将来的にはSIRU+を
社会インフラにしたい
それでも両社は理想を崩そうとしない。
熾烈な価格競争が繰り広げられている小売業界で、「健康」という旗印を掲げて勝ち抜くこと。フレスタとシルタスの連合軍は深い結束を保ちながら、広島の地で遠い未来を見つめている。
●EDITOR’S VOICE
筆者の家の近所にもフレスタがあり、よく通っているのですが、そのフレスタがこんな最先端の取り組みをしていることには驚きました。そして理想だけでは片付けられない、消費の現場のシビアな現実も……。
小原さんは「最終的にはスーパーマーケットの役割を、物を買うだけの場所から自分たちの健康状態を把握する場所、それを改善していく場所に変えたい」と話していました。食品メーカーや自治体も巻き込んで壮大なゲームチェンジを目論むこの動き、普段の買い物から注目していきたいと思います。
(Text by清水浩司)