株式会社エイトノットの快走が止まらない。AIを用いた自律航行技術によって2021年の「D-EGGS PROJECT」に採用。実証実験では物資の輸送に成功し、2022年度は旅客を乗せた運航にトライした。「船舶のロボット化」「海のDX」をテーマに瀬戸内海に大きなイノベーションを持ち込もうとする彼らの活動を追った。
2021年、大崎上島を拠点に
物資輸送の実証実験を行う
2021年3月に創業した「株式会社エイトノット」は会社のミッションに「あらゆる水上モビリティをロボティクスとAIで自律化する」という言葉を挙げている。簡単に言えば、自動車でも進められている自動運転技術を船舶に導入、行先を入力すればAIが自動的にルートを計算し、障害物を避けながら目的地まで船を操舵してくれるシステムを開発、普及しようというわけだ。
そのエイトノットは創業後、すぐに「ひろしまサンドボックス」のD-EGGS PROJECTに採択され、広島の地で実証実験を行った。その模様は以下のレポートに詳しいが、代表取締役CEOで共同創業者の木村裕人(きむら・ゆうじん)さんは当時の様子をこう振り返る。
エイトノットは大阪・堺で起業したが、大崎上島での実証実験で卵からヒナにかえったと言っていい。模型船から実際の船へのステップアップ。そして自分たちの技術が必要とされているリアリティを肌で感じることができた。
なんとこの時期、木村さんは実証実験のため3ヶ月間、大崎上島に重心を置いて生活を送った。2週間島ですごして1週間外に出て、また2週間は島……そんなふうに過ごしたのだ。
過疎化が進む離島の暮らし
この技術が島の希望になれば
「新しい故郷」大崎上島で暮らすことで木村さんはさまざまなことを考えた。
離島の現状、高齢化の実態を目の当たりにしたことは大きかった。その後、エイトノットは国土交通省の「令和4年度スマートアイランド推進実証調査業務」に採択された「大崎上島町オンデマンド水上タクシー推進協議会」にも参画。24時間利用可能な海上交通環境の整備にも名乗りを上げる。
離島の暮らしを知ったことで、さらに痛切に感じるようになった事業の意義。もしかしてこの事業は「便利さ」以上のものを島に与えられるかも……木村さんはそう考えるようになる。
目指すは瀬戸内の希望になること――島の人々の想いを背負い、エイトノットは次の段階へとコマを進めた。
2022年、AI搭載のEV船で試乗会を開催
2022年、木村さんは再び広島にいた。前年に引き続き、今度は「実装支援事業」と「サキガケ」実証実験に採択。会社は卵から孵化したヒナを大きく育てるフェイズに入った。
今回の主な目的は以下である。
実装パートナーは広島市営桟橋と似島を結ぶ定期航路や呉湾を回る艦船遊覧めぐり(遊覧)などを手掛けている船舶業者「有限会社バンカー・サプライ」。エイトノットは運航・操船をバンカー社に委託し、自分たちの技術を形にすることに専念した。
まずは自律航行のためのプラットフォーム「AI CAPTAIN」を完成させ、それを搭載した小型EV船「エイトノットワン(Eight Knot I)」を創り上げた。自分たちの手でAI付きの水上タクシーを現実化してみせたわけだ。
そして2022年10月28日、広島市宇品港でエイトノットワンの体験乗船会が行われた。
無人航行を実現するには、まだまだたくさんの障壁がある。バンカー・サプライの横山恭治(よこやま・きょうじ)社長はこう指摘する。
乗船体験会には多くのメディアや県内の船舶関係者が集まった。さらに湯崎英彦広島県知事からビデオメッセージまで届いた。
その日の夕方のニュースでは華々しい見出しがテレビに躍った。
「画期的!」「実用化はすぐ目の前」といった文言からは、この技術に対する高い期待感がうかがえる。それはエイトノットの存在が離島の救世主から広島の未来、瀬戸内の希望へと飛翔した瞬間だった。
2023年はいよいよ実用化スタート
目指すは2025年の無人航行実現!
エイトノットの実証はそれだけで終わらない。11月には大崎上島と本土(竹原港)の間で夜間航行に挑戦。将来的な24時間運航への布石を打った。12月には広島の対岸、愛媛の大三島海域でも実証実験を行った。
実証、実装を経て、2023年は実用という段階へ。1月には実装支援事業のパートナー、バンカー・サプライがエイトノットワンを借り受け、不定期航路で使用する。宇品市営桟橋~プリンスホテル~レストランカリブを巡る観光航路で「AI船長」の操る船がお客さんを案内するのだ。
育ったヒナの巣立ちは近い。これから瀬戸内に次々と自律航行船が放流されていく未来が来るのだろうか?
揺るがない決意の裏には、これまで出会った人々の影がある。
生まれは大阪かもしれないが、もはやすっかり広島のヒト。広島で育ち、瀬戸内の波に鍛えられたテクノロジーが世界の海を席巻していく。
●EDITOR’S VOICE
私は前回のD-EGGSの時もエイトノットの取材をさせてもらいましたが、そこからの成長は子どもがぐんぐん育っていく姿を見るようです。当時はまだこの会社になって間もなかったのに、模型船が実際の船になり、物資輸送が人の輸送になり、気が付けばテレビや新聞で大々的に報道され……あまりに順調で急速なステップにはこちらが驚かされるほど。「え、この前まであんな小さかったのに!」って感じですからね。
個人的に、その成長の原動力のひとつは木村さんの言葉にあると思ってます。熱意と思索と人への思いやりが滲んでいる。最後に出てきた「大崎上島の島民の方々と交わした約束」なんてグッときますよ!
ちなみに今回のプロジェクトを実装事業者であるバンカー・サプライさんの側から描いたレポートもありますので、そちらもどうぞ!
(Text by 清水浩司)