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その先のオンライン眼科診療へ~MITAS Medical【サキガケ】

「医療が届かないところに医療を届ける」をミッションに設立された「株式会社MITAS Medical」。彼らはスマホに装着可能な前眼部撮影装置と、撮影データを眼科医と共有できるサービスを構築。遠隔による眼科診療の道を模索している。2021年の「D-EGGS PROJECT」から続く実証実験の現在地をレポートしよう。

D-EGGS PROJECTの成果を元に
さらなる具現化に踏み出す


2021年の「ひろしまサンドボックス」D-EGGS PROJECTに採択されたMITAS Medical「スマートフォン接続型眼科診療機器による専門医遠隔相談サービス」。これは眼科検診では必須だった「細隙灯顕微鏡」のコア機能をスマートフォン接続型デバイスの「MS1」に濃縮。簡単な操作で眼の画像の撮影を可能にすると共に、画像データを専門医と共有することで無医地区、眼科専門医のいない地域での眼科診療をサポートしようとするものだ。


まずは振り返りとして、D-EGGS時の実証実験についてMITAS Medical代表取締役の北 直史(きた・なおふみ)さんに語ってもらおう。

D-EGGSでは広島の離島である似島の診療所に弊社のシステムを入れさせてもらい、眼科遠隔診療サービスのオペレーションが回るかどうか検証しました。似島診療所のお医者さんがMS1を使って住民の方の前眼部を撮影し、それを県立広島病院の専門医が読影するというものです。約240件の検診と3回のデモンストレーションを行いました

(株)MITAS Medical 北さん
(株)MITAS Medical 北さん

人口700人強の小島に眼科の専門医などいるはずがなく、これまで似島の住民は船に乗って広島市内に出向くしかなった。それを島にいながらリモートで検診・診察ができないかというのだ。

この実証実験で得たのは主に2つの結論だった。

ひとつはサービスに対する潜在的なニーズの存在です。今回の検診によって眼科検診してない65歳以上の人の4%が眼科受診が必要な状態だとわかりました。彼らの中には放置しておくと失明につながる人もいます。ここに潜在ニーズがあると予想されます

(株)MITAS Medical 北さん

ひとつめは「このサービスを必要としている人がいる」という事実。

もうひとつはオペレーションの方法です。今回の実証実験でさまざまなやり方を試した結果、「眼科医の都合のいいタイミングで、眼科医の指示の下、診療所の看護師が撮影する」という方法がベストだとわかりました

(株)MITAS Medical 北さん

診察のオペレーションについても次第に最適解が見えてきた。そんな成果を踏まえた上で、MITAS~は2022年度の「実装支援事業」と「サキガケ」に採択され、プロジェクトのさらなる具現化を図ることになった。

似島診療所での実証実験では大きな成果を得た


巡回型の健診事業に
このシステムを加えられないか?

 
そうした流れでサキガケにコマを進めたMITAS~だったが、北さんがラッキーだったのは出会いに恵まれたことだろう。MITAS~のシステムを他でも検証するため、県が実装の相手先として紹介してくれたのは安芸太田町の安芸太田病院。プレゼンテーションのため同地を訪れたところ、ちょうど翌月に地域の健診事業「山ゆり健診」があるからそこにも組み込んでみては?――ということになったのだ。

いま医療は専門家・細分化がますます激しくなっています。そんな中で眼科の専門医がいなくても機器が扱え、しかもそれがオンラインを介して実際の読影は資質が担保された眼科医がやってくれる。さらに機器もスマホという使い慣れたデバイスにアドオンする形で、動く部分もモータではなく手動。システムの使いやすさも含めて魅力的だと感じました

安芸太田病院 結城常譜院長
スマホに簡単に装着できるのが「MS1」の強みだ

県北の中山間地域に位置する安芸太田病院は県から「へき地医療拠点病院」に指定され、IoTを使ったオンライン診療にも積極的に取り組んできた施設。両者は僻地医療に対する危機感と、それをデジタルで乗り越えようとする姿勢で合致する部分があった。

その結果、実装は安芸太田病院内の検診で行い、サキガケ実証実験は安芸太田町内を回る「山ゆり健診」で行うという形での連携が実現する。そして、いざ実証実験――

北さんが「山ゆり健診」で試みたのは、このMS1を使った眼科検診を巡回型の健診に加えられないかということだった。高齢者の多い僻地では医療機関に行くこと自体が難しいため自然と足が遠のき、病状の悪化に気付かないケースが蔓延している。であれば、公民館や体育館をきめ細かく回る巡回型の健康診断の中で目の検診も一緒にできれば、病気の早期発見につながるのではないか?……そう考えたのだ。

安芸太田町と広島県地域保健医療推進機構総合健診センターの協力で6月に行われた実験では、3日間で130名の受診を実現。最終日は1人5分弱とスムーズに検診をこなし、このシステムが実装可能なことを証明した。

現在は「山ゆり健診」以外の自治体も含めて月500件の検診を行っています。ここまでの数は初めてだし、現場で精度を保ったままオペレーションを回せたことも自信につながってます

巡回型に関しては今後モビリティを使った形や「医療MaaS(注:医療とモビリティ、ICTの融合により、通院や往診以外で医療サービスの提供を目指すこと)」という形も考えられます。看護師を派遣するには規則があるので、どんなエビデンスがあれば国を動かせるのか? そもそもオペレーションは成り立つのか? そうした部分で有用なデータを得ることができました

(株)MITAS Medical 北さん
「山ゆり健診」の後の記念写真。北さんも安芸太田町へ駆け付けた

看護師の派遣に関しては、11月に神石高原町「神石へき地診療所」でも実験を行った。

神石高原町では1日はお医者さん自らが撮影、もう1日はこちらから派遣した看護師さんが前眼部の撮影をして広島大学病院の先生にデータを送って診てもらうという形を試しました。こちらも特にオペレーションで弊害はありません。ただ、わかったのは看護師さんを派遣する場合、ある程度被検者を集めないと採算がとれないということ。また、看護師さんの派遣規則は国で決められているので、その制度をどう活用していくか。必要であればルールメイクに資するエビデンスを積み上げていくことになるでしょう

(株)MITAS Medical 北さん

巡回型という新たなアウトプット、オペレーションに対する確信、多数のサンプルから得られたデータ、そこから導き出されるエビデンス、経験値、ノウハウ……今回のサキガケ実証実験は多くのものをMITAS~にもたらしたようだ。

海外と日本で外的環境は異なるが
抽象化すればどこも課題は同じ


それにしても興味深いのは、初年度は似島、2年目は安芸太田町、神石高原町と、北さんが広島県内を飛び回っていることである。拠点は東京で、それまで広島との縁はほとんどなかったはずだが、今や離島から山間部まで走破しそうな勢いだ。

今回の件で安芸太田町には6回くらい行きました(笑)。「山ゆり健診」にも立ち会ったし、MS1の操作法を説明するため安芸太田病院に通ったし。僕ら、フットワーク軽い方なんです。今はバングラデシュにしょっちゅう行ってるくらいだから国内はそんなに苦じゃないですね

(株)MITAS Medical 北さん

もともとMITAS~は海外を中心にリモート眼科検診サービスを展開している会社である。カンボジア、モンゴル、そして今はバングラデシュ……発展途上国の眼科医療の向上が当初活動の中心にあった。

最初はJICAや経産省のプロジェクトに採択されて、海外での活動がメインだったんです。それがコロナで動けなくなって、同時期に「ひろしまサンドボックス」に採択されて。だから国内での実証実験は広島がほぼ初めて。特に医療機関はスタートアップが話を持って行ってどうにかなる世界ではなく、行政や医師会の協力があって初めて動くものですからね。そういう意味で県庁さんのサポートはありがたいものがありました

(株)MITAS Medical 北さん
モンゴルでの実証実験。医療に国境はない

先行して海外で展開し、日本では広島から実証実験をスタート。国内外で経験を重ねたことで、事業に懸ける想いは深まった。

海外と日本ではすべての部分が違います。医療リソースの質、数、公的保険の制度だったり医療の構造……特に日本はすでに医療制度ができあがってて、そこにアドオンする形だけど、バングラデシュなどは医療制度自体がなかったりするので(特に田舎)ゼロから作っていかなければならない――そういう違いはあります。

でも抽象化していくと問題はどこも一緒なんです。眼科医は不足していて、都市部に集中していて、田舎の人はアクセスが悪くて、最悪失明の危険性を抱えて生きている――ただ、それを取り巻く外的環境はみんな違うから、地域に合わせてどうやったらオペレーションを回せるか、どこにニーズがあってどうやったらマネタイズできるのか読み解かなければいけないんです

(株)MITAS Medical 北さん
撮影して、クラウドに上げて、検診。このシステムは万国共通

これは中山間地域に留まらない
僻地でも都会でも必要なサービス


改めて「ひろしまサンドボックス」との2年間は北さんにとってどんなものだったのだろう?

県庁の方々含め、関わってくれる人たちが同じ目線に立ってサポートしてくれるんです。僕があきらめかけていても「いやいや、何とか乗り切りましょう!」って引っ張ってくれたり、とにかく熱量があるというか。僕のようなよそ者を受け入れて真摯に応援してくれたことには感謝の気持ちしかありません

(株)MITAS Medical 北さん

ちなみに実装支援で関わった安芸太田病院の平林直樹管理者はMITAS~の事業についてこんなふうに語っている。

北先生がやっている試みは中山間地域に留まらないものだと思うんです。たとえ都市に住んでても、目が痛かったりモノが見えにくいと感じてもなかなか眼科には行かないですよね。それは前眼部の検診が通常の健診に組み込まれていないから。今は医療支援の少ない過疎地で実証実験を行ってますが、個人的には今後一般の健診に入っていくべきものだと思ってます

安芸太田病院 平林管理者

海外も国内もなければ、僻地も都会もない。すべての場所、すべての人に届くための医療サービスとして、MITAS Medicalの持つポテンシャルはこれからますます発揮されていくだろう。


●EDITOR’S VOICE

1年目は離島である似島、2年目は山間部の安芸太田町、神石高原町で実証実験を行ったMITAS~。広島市内在住の筆者から見てもあまりに縦横無尽というか、普段なかなか足を運ばないようなエリアばっかり行ってるな……という印象。でも海外で展開しているのがカンボジア、モンゴル、バングラデシュと聞いて納得。北さん本当に「僻地」に関心があるんですね。「医療が届かないところに医療を届ける」をなんとかして実現しようとしてるんですね。

今回、実装支援事業でコラボレートした安芸太田病院側からの視点で見たレポートはコチラ。合わせて読むと、いっそうこのプロジェクトの全容がわかります。

 (Text by 清水浩司)

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