農地パトロールDX~尾道市と大信産業【実装支援事業】
実は毎年日本中の自治体で農地の現状をチェックする「農地パトロール」が行われていることをご存じだろうか? すべての農地に足を運び、その土地が活用されているかどうか人の眼で確認する……想像するだけで大変なこの作業のDX化に向けて尾道市が先頭を走っている。
70歳の委員が炎天下に目視確認
この状況を改善できないか?
「農地パトロール」――この言葉を知ってる人はどれくらいいるだろう。文字通りそれは地域の農地を見回る行為で、何をパトロールしてるかといえば、そこがちゃんと耕作されているか、耕作放棄地になっていないかである。
農地パトロールの正式名称は「農地利用状況調査」。農地が適正に使用されているかどうか把握し、遊休地になっていれば今後の利活用を検討する――のが調査の目的であるが、しかし少し考えればわかるように地域すべての農地状況をチェックするのはものすご~~~く大変だ。実際現地に出向いて目視で確認、しかも毎年という決まりもある。だがそれは「農地法」という国の法律で定められているのだ。
尾道市もその困難に苦しむ地域のひとつだった。
そう語るのは尾道市農業委員会事務局・市川昌志(いちかわ・まさし)局長。現在は37人の農業委員が2人1組で担当区域を回っているというが、尾道といえば離島もあるし急峻な山も多い(むしろ平地が少ない)。そこを平均年齢70歳の委員が飛び回っていると思うと、確かに危機感がこみあげる。これは数年後には立ち行かなくなるんじゃないか?
大信産業は地元で100年以上続く農業用品を扱う老舗企業。2019年に相談を持ち掛け、2020年にドローンのデモフライトを試行――尾道市の農地パトロールDX化プロジェクトはこうして動き出した。
衛星データで把握&ドローンで確認
尾道流ハイブリッドシステム誕生
大信産業の事業企画室室長・田中敏章(たなか・としあき)さんは尾道市との協業がはじまったときのことをこう語る。当時農薬散布に使用していたドローンだったが、耕作放棄地確認の空撮に使うという考えはこれまでなかった。市の提案によって新たな活用法に気付かされた格好だ。
両者は実証実験をスタートさせるが、やがて大信産業はさらなるアイデアを思い付く。
サグリは2010年代中盤、人工衛星の観測データの無償公開をきっかけに、そのデータをAI解析することで農地状況を診断する技術を開発していたスタートアップ。田中さんが思い付いたのは、まずはサグリの衛星データを使って耕作放棄地をおおまかに把握し、そこで絞り込まれた休耕地候補を元に、人の足では行きにくい場所についてはドローンによって確認しようというハイブリッドシステムだった。
画期的な「衛星×ドローン」のWチェック体制。そんな折、タイミングよく「ひろしまサンドボックス」D-EGGSプロジェクトの募集が目に入った。尾道市(尾道市農業委員会)・JA尾道市・サグリ・大信産業・NTTドコモはコンソーシアムを組んで応募。見事採用され2021年、農地パトロールの実証実験がはじまった。
老齢の委員もタブレットに挑戦
「もう紙地図には戻れんわ!」
尾道市のDXトライアルは黒船のようなものだった。これまでの農地パトロールは、紙の地図を広げて車で目的地に移動、農地状況を目視で確認して地図に結果を記入、事務所でその結果をPCに手入力――という超アナログ作業の連続。それがいきなり衛星やドローンやAIになるのである。
実際現場で農業委員と接する高橋知佐子(たかはし・ちさこ)さんも戸惑いと期待の両方を感じたという。
黒船に飛び乗った尾道市の挑戦は、そこから新たな進展を見せる。
D-EGGSで手応えを感じたことで引き続き取り組んでいこうとしていた矢先に実装支援事業のことを知り、エントリー――農地パトロールDX化チャレンジは2年目に入ったことで、いっそう実装の色を濃くしていく。
サグリに対しては、アクタバの機能改良と精度向上を提案。これまで水田の判別しかできなかったが、高橋さんら現場の方々の知見によって果樹園等の判定も可能になりつつある。手探りの初年度からブラッシュアップを重ね、いよいよ実用化が迫りつつある。
日本初、DX調査の導入を発表!
全国の自治体から視察が殺到
2022年5月、尾道市と世羅町は日本初となる「衛星データとドローンによる農地パトロール調査」の導入を発表した。その取り組みはデジタル庁のポスターに取り上げられるなど全国的に注目を集め、多くの自治体が視察に殺到。今や尾道市は農地パトロールイノベーションのフロンティアを走る街として名をとどろかせている。
新たな展開を見せるのは尾道市だけではない。昨年5月、大信産業とサグリは三栄産業、岐阜大学とパートナーシップを組み、「ひろしま型スマート農業推進事業(ひろしまSeedBox)」にエントリー。耕作放棄地の診断だけに留まらず、水稲の育成情報や土壌分析にまで衛星データの活用を拡大しようと動き出した。
こうした動きに対応するように、国の制度も変わりつつある。昨年6月には農地パトロールの調査要領が変更され、衛星画像やドローンにより遊休農地に該当する恐れのある農地とない農地に区別し、該当する恐れのある農地について一筆ごとに目視により確認すればOKということになったのだ。ルールメイクの大波も味方に付けて、尾道市のDXプロジェクトは今後も加速していく。
空の向こうの衛星と空を飛び交うドローンが農地の状況を自動判定する――そんなSFのような時代が、もう目の前に迫っている。
●EDITOR’S VOICE
尾道市といえば千光寺を中心に歴史情緒あふれる坂の町、そして近年はしまなみ海道を中心としたサイクリストの聖地。しかし今は「衛星×ドローン」によるDX農地パトロールの最前線として日本全国から視察が殺到しているというのは意外な現実ではないでしょうか? 古き良き時代の面影を残す一方で、積極的にデジタルを取り入れ事業の効率化を進めていく。このギャップ、このアップデート具合、このアンバランス、このハイブリッドが尾道の新たなイメージになるとますます面白いんじゃないかなと思います。
今回のプロジェクト、ルールメイクを考察する開発事業者・サグリ側の視点を追った「サキガケ」のレポートもありますので、そちらも併せてどうぞ。
(Text by清水浩司)
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